俺のバンドのボーカルは耳が聞こえません
『歌が歌いたいの』
「……。」
俺は、固まった。
―歌が歌いたい。
はっきりと書かれたその文字が、何故か妙に俺の心を締め付ける。
「……馬鹿じゃねえの」
しかし、すぐに我に返って、彼女を嘲るように小さく笑った。
そして、メモ帳を彼女に突っ返す。
「お前さ、耳が聞こえないんだろ?歌ってものも聴いたことないんだろ?だったら、分かるわけねえじゃん。歌えるわけねえじゃん。夢ばっか見てんなよ。現実を知れ、現実を」
自分で言っておきながら、胸が痛くなった。
まるで、今の自分に言っているような気になったからだ。
俺も、現実から逃げているんだから。
当然、俺の声なんて彼女に届くわけもなく、彼女は不思議そうに首を傾げただけだった。
けれど俺は、自分の言った言葉を彼女に伝える気はなく、無理やり彼女を押して退かすと、さっさと立ち去ろうとする。