思い出になんて、出来ないよ。
美里の罠

第六話 美里の罠

「あ、千尋ちゃん!」

私と瑠衣がお昼を食べていた所へ、美里ちゃんが来た

「もう調子は良くなったの?」

「うん、おかげさまで」

私が笑うと、安心した表情を浮かべる

「良かったぁ。千尋ちゃんと同じ階になったのに全然会わないなって思ってたら…お休みしてるって聞いて」

心配そうに私と話す美里ちゃんを見向きもせず、ケータイに目を落とす瑠衣

「えっと…皆川さん、だよね?
わたし水上美里。よろしくね」

「噂はかねがね聞いてます。どうも」

睨みつけるように、冷たく言い放つ瑠衣

最低限の事しか話したくない、という態度でそっぽを向く

やっぱり…この二人が仲良くなるのは無理なのかなぁ

しばらく私と美里ちゃんが話していたのに耐えられなくなったのか、瑠衣が突然席を立った

「…ごめん千尋。私この後ケア入ってるから、もう行くね」

「あ、うん!頑張って…」

スタスタと去っていく瑠衣

「…私、お邪魔しちゃったかな?」

「ぜ、全然!瑠衣も今日は忙しいみたいだし…」

「…一緒にお昼、食べてもいいかな?」

うんうん、と頷く私の正面におずおずと座る美里ちゃん

「そうそう。千尋ちゃんが休んでる間、特に変わった事とかは無かったんだけど…連絡とかは伝えとくね」

そう言ってタブレット端末をカバンから取り出し、色々と説明してくれる

これ…私のためにわざわざまとめてくれたのかな

しかもすごい分かりやすい…

美里ちゃんなりに、頑張ってくれたのがすごくわかる

「美里ちゃん、ありがとう」

「いーえっ」

ニコッと笑う彼女は無邪気だった

ひとしきり、休んでいた間の話を終えた後、美里ちゃんが声色を変えて言う

「…そう言えばさ、千尋ちゃんって一条先生と仲良いの?」

私の顔色を伺うように問う

「ん〜仲良いっていうか…幼馴染み、みたいな?」

「そうなんだ!…一条先生、かっこいいよね」

頬を赤く染めてうっとりとする美里ちゃん

ーズキッ。

「そ、そうかな?」

何、いまの…

前にもこんなこと、あったような…

「うん!…でも、私が6Fに来てから千尋ちゃんがいなかった間、一条先生もいなかったんだよね」

ードクン。

なんで、美里ちゃんがそれを知ってるの…?

それも、科も階も違う英治の事を…

「もしかして、一条先生と何かあったり?」

茶目っ気たっぷりに見えた笑顔の裏に、何かを隠しているような眼差しが見えた気がした

「な、何も無いよ?
秋田さんに頼まれて、病院に付き添ってくれたくらいで…」

「秋田さんか〜いい人だよね!
そかそか〜!一条先生優しいね〜」

ニコニコと笑っているが、先程までとは明らかに違う美里ちゃん

…完全に棒読み状態なんだけど。

「…あのね。私、千尋ちゃんにならこの話、してもいいかなって思ったの」

「話…?」

「私、一条先生が好きなの」

ードクン。

「だから私の恋、応援してほしいなって」

否定を許さない、冷たい眼差しだった。

「初めて一条先生に会ったとき…一目惚れだったの。
それで色々話を聞いていくうちに、千尋ちゃんと仲良いって事を知って」

肘をつき、小さくため息をつく

「…羨ましかったの。
もっと、早く出会いたかったなぁって」

美里ちゃん…

これでもかと言うほどに、言葉を繋げる美里ちゃん。
…どんどん豹変していく彼女が、怖かった

「でも千尋ちゃんは一条先生の幼馴染みだから…恋人とかそういうのじゃないんだよね?」

「…そう、だね」

私の言葉を聞くと、あっさり笑顔に戻る

「良かった!心強い味方が出来て、私嬉しい!
また相談とかのってね!」

そう言うと、笑顔で立ち去った

「…」

どうしよう…
さっきから、胸の奥がズキズキする



英治は、私のものじゃない。
だから、取らないでとも言えない。

…だけど。

さっきの美里ちゃんの表情、どこか引っかかる

まるで獲物を射抜くような、冷たい眼差し

どこか寂しさを帯びたような、なんとも言えないあの表情

美里ちゃん、何を考えているの…?


「…お疲れ様でーす」

お昼から気分は晴れないまま、着替えて車に乗り込む

ーピロン。

「…誰だろう」

ケータイを見ると、英治からだった

<上!>

…はい?

いつものごとく、突拍子のない英治

「…上?」

目の前の病院を見上げると、2Fの窓から英治が笑顔で手を振っていた

「ふふっ、子供じゃあるまいし」

手を振り返した私は次の瞬間、凍りつく

笑顔で手を振る英治の後ろに、美里がいたのだ

「…っ!」

こちらを見下ろす彼女の眼差しは…昼間に見た、冷たい視線だった

「…」

彼女の視線に耐えられなくなり、車を発進させて帰路へ向かった

「…あれ、俺も今降りようとしたのに」

不思議がる英治の後ろで小さく笑う美里

「水上さん?」

「どうしました?一条先生」

声をかけられ、またにこやかな笑顔に戻る

「何かいい事でもありました?笑い声が聞こえたので」

無邪気な笑顔を向ける英治

「そうですね。…いい事、かな」

そう言って、後ろから英治に抱きつく美里

「水上、さん…?」

「…一条先生?もう、気づいてますよね?私の気持ち」

「…何のことですか」

美里を引き離し、踵を返す英治

「…ひどいです!」

突然、声を上げた美里に驚いて振り向く

「私…ずっと、ずっと一条先生の事が好きだったのに!
どうして…私じゃなくてあの子なんですか?!」

「…っ!」

美里は、泣いていた。
ここまで美里が感情をあらわにする事は滅多になく、戸惑う英治

「…一条先生?わかってくれますよね?もし私の言葉を聞き入れてくれないのなら…」

再び英治の後ろから手を回す美里

「私、あの子に何するかわかりませんから」

冷たく言い放つ美里に、ゾッとした

「…いい加減にしてください」

「冗談じゃありませんよ。
…私、一条先生が側にいてくれるなら何も望まないですから」

そう言って、英治の白衣に顔をうずめる

「…千尋に手を出すな」

「貴方が私の側に居てくださるのなら」

「…」

不本意な美里の罠に、まんまとはまってしまった


「…はぁ」

あんな光景、見たくなかったなぁ…

自宅へ帰り、ベッドにダイブする千尋

〜♪

タイミング良く、ケータイが鳴る

『あ、もしもし千尋?!』

いつもと違う、怒りで震えた瑠衣の声

「瑠衣…どうしたの?」

早く電話を切りたい…
今は、一人になりたいのに…

あまり話を聞く気では無かった私は、瑠衣の言葉に凍りついた

『一条先生、あの女と付き合い始めたってほんと?!』

「…っ?!」

言葉が、出なかった

『さっき楓くんが血相を変えて私のところへ来たもんだから…ねぇ、何があったの?』

そっか…瑠衣と楓くん、今日は夜勤か…

『ちょ、楓くんは黙ってて!』

電話越しに、心配そうな楓くんの声が聞こえる
しかし、その声は怒りが収まらない瑠衣の声にかき消される

「…私も、知らない」

知らなかったわけじゃない。
まさに今日、美里ちゃんから英治が好きだと聞いたばかりなのだから。

…まさか、今日付き合う事になるとは思わなかったけど

『はぁ…もう!だから私、あの女が嫌いだったのよ!千尋!あんた利用されたんだよ?!』

「り、よう…?」

『そうよ!あの女、一条先生に近づくために一番近いあんたを利用したのよ!』

ーズキッ。

“千尋ちゃんっ!”

…利用?

“心配してたんだから!”

…美里ちゃんが?

「あ…」

美里ちゃんを思い出し、途端に涙が溢れてくる

「わ、わた…わたし…」

嗚咽で上手く言葉に出来ない

『千尋…』

私の声にならない言葉に、瑠衣も泣きそうなのがわかる

「る、い…わた…し…」

『…』

「英治、が…好きだった…」

この時、遅すぎた私は…
初めて、英治に恋していたことを知った
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