思い出になんて、出来ないよ。
ホワイトクリスマス
第八話 ホワイトクリスマス
「美里ちゃん!!」
バン!と病室のドアを勢いよく開く千尋
「あら、千尋ちゃん。
…今日は仕事終わったんじゃなかったの?もう帰ってると思ってたのに」
いつもと変わらない笑顔で千尋に話しかける美里
しかしその手には、今の表情に似合わない刃物がしっかりと握られている
「美里ちゃん…そんな事して何になるの?
私、美里ちゃんも英治も大好きだよ。
だから…それ、下ろしてほしい」
「…」
美里ちゃんは少しの間笑顔を崩さなかったものの…途端に真顔になる
「ふふっ。私だって千尋ちゃんの事、大好きよ?
…でもね、今どうしても終わらせなきゃいけない事があるの」
「…思い出した。
水上、お前美織さんの双子の妹だろ」
「あら、やっと思い出してくれたの?
…ここまで忘れられてたのも癪に障るけれど」
英治…
「…美里ちゃん!私、全部聞いたの。
美里ちゃんのお姉さんの事も、美里ちゃんが英治に近づいた理由も…」
「千尋、お前…」
英治が信じられないといった顔で千尋をみる
「…どこで誰に聞いたかは知らないけど…人の詮索をするのは、あまり褒められたものじゃないわね」
呆れたように笑う美里を、涙目で訴える千尋
「美里ちゃん。…もうやめよう?
復讐したい気持ちは、私には分からない。
だけど、大切なお姉さんを失って辛いのは分かるよ」
たった一人の大切なお姉さん。
誰も代わることのできない、世界でたった一人の大切な家族
私だって、お兄ちゃんを失ったら辛い
「…千尋ちゃん。私、あなたを利用したって分かってる?
この男に近づくために、わざわざ隣町から探してここに就職して。
一番近いあなたを利用したの、最低でしょ?」
冷たい、感情のない笑みを零す美里
「例え美里ちゃんが私を利用してたとしても、関係ないよ!
…美里ちゃん、私が休んでた間の事をわざわざ教えられるようにまとめてくれたりしたじゃない」
「…そんなの、あなたから情報を聞き出す手段に過ぎないわ」
「ねぇ、美里ちゃん。
私、美里ちゃんと友達になれて本当に嬉しかったんだよ?
可愛くて、優しくて、笑顔が絶えなくて…
そんな美里ちゃんに、何度救われたかわからないくらい」
「…やめて」
涙が千尋の頬を伝い、つられたのか美里も涙目になる
「患者さんたちも美里ちゃんの事、すごく褒めてたよ
周りに気を配れる、いい看護師さんだって」
「やめてよ…」
「美里ちゃんがミーティングする日はいつもスムーズに進むし資料も見やすいって、先輩たちも言ってたし」
「やめてって言ってるじゃない!!」
声を荒らげた美里の声に止まる千尋
次の言葉を発したのは、英治だった。
「…水上。
美織さんの事は、本当に申し訳なかったと思ってる
あの時の俺は今以上に未熟で。
…正直、どうしたらいいのかわからなかった」
英治が美里ちゃんに向き直る
「…俺、毎年彼岸には美織さんに会いに行ってるんだ」
「「!!!」」
私と美織ちゃんは驚く
「…美織のお墓に毎年あった“あの花”って…」
「…俺が会いに行った時に、いつも持っていってたんだ」
「…っ」
美里ちゃんは足の力が急に無くなったように、その場に座り込む
「私、間違ってたの…?」
放心状態の美里に、千尋が駆け寄る
「…美里ちゃん。誰かを恨むのって、とっても辛いことだと思う。
誰かを失うことも。
だけど復讐したって、何も始まらないんだよ」
声をかけた千尋が美里を抱きしめると、美里は子供のように泣きじゃくった
「ごめ…ごめんなさい…」
手からするりと刃物は床に落ち、美里も千尋を抱きしめた
「千尋、ちゃん…ほんとに…ごめん…ごめんね…」
「…何も起こらなくて良かった。
大切な二人が無事で、本当に良かった」
安心する千尋の後ろで、声がする
「…心配する事なかったみたいだね」
「もうっ!千尋も危ない事するんだから」
楓と瑠衣が入口で微笑み、英治を見る
「英治も、言う事があるんじゃないの?」
「…そうだな」
落ち着きつつある美里の方へ、英治はしゃがみ込む
「水上。美織さんの事は…本当にすまなかった。
俺もまだまだ未熟で…失敗もこれから沢山すると思う。
だけど二度とあんな事にはさせないし、俺が無くす。それだけは、信じてほしい」
「英治くん…」
「…明日。美織さんの命日、だよな?
一緒に墓参り行ってくれるか」
「…ええ。わかったわ」
こうして、無事に二人を救うことが出来た
「わぁっ…雪降ってる!」
「通りで寒いわけだよ〜僕お腹空いた〜!」
瑠衣と楓くんがはしゃいでいる後ろで、美里ちゃんは私に支えられつつ、歩いていた
「…英治くんにはもちろんだけど…千尋ちゃんには、本当に迷惑をかけたわ。
ごめんなさい」
「もういいって。英治も良いって言ってるしさ」
「あぁ。これからはみんなで頑張っていこうぜ」
「…ありがとう、二人とも」
泣き腫らした顔で、精いっぱい笑う美里ちゃん
「…そう言えば、伝えそびれた事があるんだけど」
美里ちゃんがもう大丈夫と私から離れ、英治に小さい声で囁く
「…早くしないと千尋ちゃん、他の誰かに取られちゃうわよ」
「…っ!!」
「ほーらっ!手遅れにならないうちにねー!私、先に帰るから!」
そう言って、楓くんと瑠衣の元へ行った美里ちゃん
「あのやろー…」
顔を赤くした英治はチラッと千尋を見る
「どーしたの?そんな顔して…」
「…っ、」
小さく呼吸を整える英治
「…千尋。一回しか言わねーから、よく聞けよ」
「?何よ、改まって…」
「…」
ずっと、言えなかった一言。
学生時代から、言えなかった一言。
離れていた時、片時も忘れることの無かった千尋
ずっと、いつ言おうか悩んでた。
だけど言おうとする度、美織がよぎって言えなかった。
こんな自分に、誰かを幸せに出来るのか
そんな不安、思ってる場合じゃなかったんだ
伝えてもないのに先のことばかり考えていた自分が恥ずかしい
…せっかく水上が作ってくれたチャンス
今しか、ない…!
「千尋。俺、お前が好きだ」
そう言って、千尋を抱きしめる英治
「え…英治…?」
突然の告白に戸惑う千尋
「ずっと、言えなかった。
学生の頃から…お前が好きだった」
抑えていた想いが一気に溢れる
「どんなに喧嘩しても、どんなに言い合いしても…俺はお前が好きだった」
「英治…」
胸が熱くなる千尋。
次第に千尋も英治に手を伸ばし…
「私も…英治の事、大好きだったよ」
強く、強くお互いを抱きしめた
「うわぁ…病院の前でいちゃつくの、やめてもらっていいですかー?」
「千尋っ!おめでとう!」
遠くから全て見ていた楓くんと瑠衣が笑う
「千尋ちゃんっ!」
美里ちゃんの笑顔が見える
「…おめでとう!」
あの表情はもうどこにもなく、ただひたすらに、晴れやかな彼女の笑顔がそこにあった