一之瀬さんちの家政婦君
Episode.1 三億の女
苦しかった試験もようやく終わった。
あとは冬休みを待つばかり。
都内の一流大学 法学部に在籍する藤原 飛鳥(ふじわら あすか)は地下鉄をおりて大きな背伸びをする。
外のひんやりとする空気が心地良い。
クリパや忘年会、少し先をいけば新年会の予定が入っていたり、考えるだけでも楽しくなった。
お固い法律の勉強にも息抜きは必要なんだ。
アタシたちは機械じゃない。
血の通った人間だもの。
そんな前向きな飲み会が大学ではしばしば開催されていた。
仲間とワイワイするのは楽しいし、お酒も嫌いじゃない。
ちょっと出費は嵩(かさ)むけど“良好な人間関係”というお金にはかえがたいものが期待できる。
「……徹夜明けはさすがにキツイ」
飛鳥は人目も憚らず大あくびをする。
人目と言っても雑種犬の散歩をするおじさんだけなのだが。
この角を曲がれば我が城“高嶺荘”が見えてくる。
築五十年、八畳一間。
高嶺感ゼロの古アパート。
それでも、飛鳥にとってはやっと手に入れた自分だけの城だった。
早く帰ってシャワーを浴びて、温かい布団で眠りたい。
それだけを求めて歩みを早める彼女は気付かなかった。
背後に近づく怪しい足音に――…
< 1 / 151 >