一之瀬さんちの家政婦君
「ここにいれば、何の不自由も無いはすだ。バイトも必要無い。元々、大した稼ぎじゃなかっただろう」
彼の一言に飛鳥はカチンときた。
しかし、もう怒る気にもなれない。
「あなたもさぁ、会社の重役なら分かるでしょ?働くってさ、生きる意味みたいなもんなの。世の中にちゃんと自分がいる証みたいなもんなの。
賃金も大事だけどそれだけじゃないんだってば。
こんなところで日がな一日贅沢三昧したってちっとも生きてる気がしない。死んでるのと一緒だよ……」
一度零れ始めた不満は吐き尽くしてしまうまで終わらない。
和真はダラダラと零れる不満を黙って聞いていた。
「そういうものか?」
「うん、そういうもん……」
二人の間に鐘三つ分の沈黙が過ぎた。
「せめて、生きてる実感が欲しい。何でもいいの。そうだな……家事とか!それなら、ここに居る事が多いしさ。買い物とかにはちょっと行くけど、逃げたりなんてしないから」
「お前が家政婦だと?逃げない保証がどこにある」
「今、ちょっとバカにしたよね……。逃げない保証?そんなの無いよ。でも、約束するよ。絶対に逃げない」
「生憎、形の無い約束は信じない事にしている」
彼の疑い深さには、飛鳥もさすがに困り顔だ。