一之瀬さんちの家政婦君

「怪我とかしてない?」

男性は優しく声をかけて、自らの手を差し出した。

飛鳥は吸い寄せられるようにその手を取る。

そして、自分が置かれている状況を思い出してハッとした。

「……大丈夫です!本当にごめんなさい!」

飛鳥は立ち上がるとペコリと頭を下げた。

彼の横を脱兎の如く通り過ぎ、振り返りもせず駆けていく。

「あっ……ちょっと!」

男性は飛鳥を引き止める事に失敗して、小さくなっていく後姿だけを呆然と見送った。

彼の手には手のひらサイズの小さなカードが握られている。

それは、飛鳥の学生証だった。

「藤原 飛鳥……」

男性は彼女の名前を小さく呟くと、学生証を自らのコートのポケットにしまう。

先ほどのやり取りを思い出し、フッと微笑むと飛鳥とは逆方向に歩いていった。
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