一之瀬さんちの家政婦君
飛鳥が学生証の紛失に気付いたのは、図書館で本を借りたあの日から数日が経過した頃だった。
とある用事で事務室を訪れ、学生証の提示を認められた時だ。
唯一残っていた私物をこんなにも容易く無くしてしまうなんて、自分自身に呆れてものも言えない。
再発行を勧められたが断った。
もしかしたら、部屋にあるかもしれないし。
ガックリ項垂れて事務室を出た時、学生館の玄関口から「あ~す~かちゃん」と緩く声を掛けられた。
鉛のように重たい首をやっと上げてみると、そこには見覚えのある男性が立っていた。
長身で茶髪、数日前に大学の帰り道でぶつかった人だ。
「その節はどうも……」
飛鳥はペコッと頭を下げて挨拶をする。
「こちらこそどうも」と同じように返す彼。
「この大学の学生なんですか?」
飛鳥の問いに男性は照れたように後頭部を掻きながら「大学生に見える?」と笑う。
それだけで学生じゃないと分かったので「えぇ、まぁ……」とふんわり答えるに留めた。