嘘は取り消せない
父親は真面目なサラリーマンをやっていた
帰宅時に合わせてまだ中学2年生の秋月蛍は
外で待っていた
母親に憎悪を抱いて

父親は秋月蛍の顔を見た途端
まだ幼さが残る顔を思い切り殴りつけた

“お前のせいだ”

“お前が生きてるから俺は不幸になる”

“あのクソ女のところへ帰れ!”

“お前なんて望まれて生まれたわけじゃない!”

“この出来損ないが!”

“お前の顔を見るよりも璃月の顔を見れた方が
何倍も嬉しいわ!”



“この、忌み子が!!!”


救いを求めたはずの手は誰にも取られず
払い戻された
秋月蛍は、帰る場所を失った
唯一あるのは秋月蛍の存在もない
あの大きな家だけ
そして、また思い足を引きずって
家に帰った



家に帰ると母親は勝手に転向手続きを
していた
兄が通っていた進学校に行かせるため
この会社を継がせるため
それから中学を卒業するまで
秋月蛍は、“秋月蛍”という存在を消し、
母親の前では兄を演じ続けることにした
それだけの行為で、
母親が望むことをしただけで笑顔になるのが
余計に腹が立った
どれだけ頑張っても自分の存在はないのだと

諦めかけた時、中学3年生にして
秋月蛍、という存在を見つめてくれる人物に
出会った
それで、秋月蛍は救われた
兄ではなく自分自身を見てくれる人がいて
秋月蛍を見てくれる人
だけどその人も、高校2年生の冬、
秋月蛍の元を去っていった

それから秋月蛍は母親のもとを去った
会社を継がなかった
こんな世界に嫌気がさした


自分の存在を、秋月蛍という存在を
認めてくれない世界が大嫌いだった

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