嘘は取り消せない
「どうしてここにいるんだ」
樹兄が九ノ瀬君に聞く
「どうしても、真実が知りたいそうです」
「そうか………」

「蛍さん、後悔しないでね」
「何があっても受け止められる
自信があるから」


だけど、だけどね蛍さん
そんな簡単に受け止められたら
俺たち苦労しないよ



「あの、誰かいるの?」



桜姉……
「お客さん来てるの?」
「は…?」

「蛍さん、桜姉は今、目が見えないんだ」
「目が………?」
「それだけじゃないさ、記憶もない、
病気で歩くことすらできない」
唖然、その言葉が一番似合うほど
蛍さんは驚いていた
「は、嘘だろ」
「立花さんが隠していたことだ」



蛍さんと九ノ瀬さん、樹兄と俺は廊下に出た
「なぁ、秋月、ここに来た本当の
理由はなんだ?」
ここに来た理由
蛍さんにとって桜姉はもう
他人同然のはずなのに


「お礼を言いに来た」


「え?」

「立花さんから聞いた」
「兄さんが、璃月が桜を守ったこと」
「車にはねられてなかったこと」
「璃月をちゃんとした人間のまま
死なせてくれたこと」

「璃月は親という存在に縛られてた」
「すべて親の言いなりになってた」
「だけどそんな璃月が進んで女の子を
助けたんだ」
「璃月は小さい時からヒーローみたいに
誰かを助けて死にたいって」
「誰かの役に立ってから死にたいって」
「その夢を、叶えてくれたお礼を言いに
来たんだ」

「だけど、目を見えず、記憶もないなら
仕方が無いね」
悲しそうに笑う蛍さん
「なぁ、九ノ瀬、桜の中にはもう
俺はいないんだろ」
「だったらそのままでいい」
「そのままただの他人としてくれていい」
「俺はただの桜の塾の先生だ」
「それ以上でもそれ以下でもない」
「また、前みたいに演じればいいさ」


「蛍君はそれでいいのか?」
「いいんですよ
俺が一瞬でも大事だと思った人間は
みんな俺から離れてく」
「だったら何も起きずに、
ただ見ているだけでいい」
「前の璃月の代わりよりもずっと楽な
仕事だから」

蛍さんも相当な重荷を背負ってるんだ
そんな蛍さんが自分で辛い方を選んだ
だったら俺達は
「分かりました、その願い聞き入れます」
「……! ありがとな、湊」


俺は桜姉が大事だ
だけど桜姉を大事に思ってくれてる人も大事だ
だから、蛍さんも九ノ瀬さんも大事

神様、教えてください
どうすれば、誰も傷つかずに
幸せになれますか?
童話の星たちよ、叶えてください
俺の大事な人たちに幸福を

願ったって叶わないけど









だけど、今日、蛍さんに会ったことで
桜姉の容態が変わった
それはいい方向なのか、悪い方向なのか
分からないけど………
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