嘘は取り消せない
「じゃあ帰る」
「え、蛍さんもう帰るんですか?」
「湊」
急に低いトーンで話しかけられる
「絶対に俺のことを話すなよ
塾の先生だって伝えとけ」
「分かりました」
「じゃあな」









「湊、蛍君は帰ったのかい?」
「うん」
「そう………………」
父さん達の表情は暗い

だけど桜姉にはそんな様子は見えなくて

「湊、さっきの人はもういないの?」
「うん、さっきの人はね………
桜姉が通ってた塾の先生だよ………」
「そうなんだ……私、塾に通ってたんだね」
「うん」
「どんな人、なの?」
どんな人か………

過去のことが鮮明に蘇る
蛍さんは俺に勉強を教えてくれた
相談に乗ってくれた
冷静さを教えてくれた


そんな蛍さんが_______________

「すごく、かっこよくて、憧れの人、だよ」
「湊……」
九ノ瀬さんもすごく憧れる
だけど、蛍さんと過ごした日の方が長いから

なんて考える必要もなかった
九ノ瀬さんは自分のことより他人を
優先する人だった
「倉科さん、秋月は、蛍はすごくいい奴で」
「自分より他を大切にして」
「大事なものを失ってきたんだ」



「だから、支えてやってくれ」


九ノ瀬さんはすごく優しい
そういうところにすごく憧れて、
一生真似できないんだとつくづく思う

多分、いや、多分じゃない、
九ノ瀬さんは桜姉のことが好きだと思う
なのに、蛍さんをあげるようなことをいう

「倉科さんは、きっと、思い出せるさ」
「今までのこと、全部」


今までのことを思い出したら
きっと桜姉は蛍さんを追ってしまうと思う
それでも桜姉の幸せを願う九ノ瀬さんは




今この場にいる中で一番心が痛いと思う

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