黒板に住む、文字で彩られた僕の初恋


何か話さないとと思うのだけれど、こういうときに限って話題がなかなか思いつかない。


【ここにはよく来るんですか?】


そんな僕を見兼ねてか、蒼井さんが助け舟を出してくれた。


「はい、嫌なことがあったときによく来ます。蒼井さんもここによく来るんですか?」


【初めてです。何だか今日はいつもと違う道で帰りたいと思ってこの土手を通ってきたんですが、河川敷のほうから歌声が聴こえてきて、気になって降りてきちゃいました。】


恥ずかしすぎて、思わずうつむく。


「変な歌声を聴かせてしまって、本当にすみません」


【いえいえ。実は最近ちょっと嫌なことがあって…。でも今日黒木君が幸せそうに歌っている姿を見て、何だか心が洗われたような気がしたんです。ありがとうございます。】


「えっ……あぁ……感謝されるなんて全く思っていなかったので、何て言葉を返したらいいのか……」


蒼井さんはくすくすと笑い出す。


【黒木君って本当に面白いですね。すみません私もうそろそろ帰らないといけなくて…。よかったら私も辛いときにこの場所を使わせてもらってもいいですか?】


「僕だけの場所じゃないんで、全然いっぱい使ってください!」


思わず声が大きくなる。


蒼井さんにまた会えるかもしれないという期待が、高まったからかもしれない。


【ありがとうございます。じゃあまた】


そう書き終えると、蒼井さんはノートを鞄にしまって、いつの間にか僕の自転車の横にとめてあったクリーム色の自転車に跨って、手をふりながら駆け出していく。

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