気まぐれな君は
私がドアを開けるより先に、柳くんが容赦なくドアを開けて中へ入っていく。足元だけ見えるベッド、その傍に立つ女性が開けられたドアに気付いてこちらを見た。ばっちり合った視線に、私はごくりと唾を飲み込む。柔らかく笑ったその女性が、都築さんかな、と優しく声を掛けてきた。
「は、い……あの、私、」
「昨日はありがとう、それからごめんね。さっき寝たところなの、真空ったら。あ、私は真空の母親です。真空のこと、知ってくれてありがとう」
「でも私っ」
結局、動揺して、何もできなかった。
入口に立ち尽くしたまま、私は俯いて涙を堪える。真白くんは、この位置からだと見えない。今見たら泣いてしまいそうだ、と踵を返そうとした私を、誰かの腕が捕まえた。
「都築さん」
「柳くん……」
ぎゅっと唇を閉じて、私より十センチ以上は身長の高い柳くんを見上げる。大丈夫だから、と繰り返し口にする柳くんを、私はじっと見つめることしかできない。
何か言いたそうに口を閉じたり開いたりしていた柳くんが、言葉を諦めたように私の腕を引っ張って病室に連れ込んだ。転びそうになりながら、その力に抗えるはずもなく私は病室の中に足を踏み入れる。昨日よりは血色がよくなったと思われる真白くんが真っ白い布団の中に横たわっていて、私はぐっと唇を噛んで涙を堪えた。
「……ましろ、くん」
ねえ、真白くん。
ベッドサイドにある点滴台から伸びたチューブが真白くんの腕に伸びている。灰色のコードは、真白くんの胸から伸びていた。布団から出た左手の人差し指にはクリップのようなものがついていて、ベッドサイドに置かれたモニターにいくつもの数値が記されている。
ねえ、真白くん。
一体いつから具合が悪いのを隠していたんだろう。どうして無理してまで一緒にいたんだろう。
真白くんのお母さんが、一歩引いて場所を空けてくれる。それにお礼を言っている余裕もなく、私は自由になっている右手に恐る恐る触れた。
「ごめんね……っ」
もっと早くに気付いてあげればよかった。帰ろうって、真白くんが言えないなら私から言ってあげればよかった。
無理をさせた。我慢させた。あれだけ見ていたのに、私はちゃんとみれてはいなかった。