気まぐれな君は
羨ましかったんでしょう。にんげんが、名前を呼び合える私たちが。
ずっと、羨ましかったんでしょう。
「真空。いくらだって名前を呼ぶ。だから真空も、私の名前、呼んで」
「……っ、しずく……っ」
「うん。真空」
「雫、」
「雫だよ、真空」
「しずくっ」
真空、と優しくその名前を何度もなんども口にして。雫、と何度もなんども名前を呼ばれて。
大好きだよ、真空。君が猫だろうとなんだろうと、私はそんな君が好きになったんだって。
「真空、愛してる」
好きなんて、大好きなんて、とっくの昔に通り越えている。
ずっと我慢して来ていたんでしょう。猫だったって言わないように、お母さんのことを名前で呼ばないように、ずっと気を張っていたんでしょう。
一度だけ、真空がお母さんの名前を言いかけたことがあった。あのときは気付けなかったけれど、今ならわかる。
名前を呼びたかったんだね。考えてみれば、真空はいつも楽しそうに、嬉しそうに名前を呼んでいた。名前を呼ぶと、楽しそうに嬉しそうに、返事をしてくれた。
たくさん名前を呼ぼう。最期まで、数えきれないくらい。
「俺も、雫のこと、愛してる……っ」
泣きながら笑った真空に、私はただただ笑って、こつんと額同士をぶつけて。
たくさんの声が、真空を呼ぶ。嬉しそうな真空に、ずっと笑顔でいてほしいと願う。そのために、たくさん名前を呼ぼうということも決意して。
落ち着いたら、猫だった時の話も聞いてみようか。話してくれなかったらそれでいいし、話してくれるならとことん付き合おう。猫だった頃の君がどんな生活をしてたのか、猫が身近な私も、知りたいと思ったから。
疲れて寝てしまった真空を、客間に敷いた布団の上に寝かせる。その傍らに座っていると、襖を開けて入ってきた昴さんに、そっと耳打ちをされた。
「真空を……真白くんを、幸せにしてやれよ」
「分かってるよ」
即答すると、昴さんが頼もしいな、と笑う。任せてよ、とにやっと笑って見せると、私の頭を撫でた昴さんが家を出て行った。