猫足バスタブに愛を
いくら考えても堂々巡り。
それよりも、今私の心境はパニック状態で、上手く思考が回らない。
そんな思考を打ち消すかのように、チンッと到着を知らせる音が鳴った。
とりあえず今考えても仕方がない。
こいつの腕からも逃れられないわけだし、そもそも逃れられたとしても行く宛てが私にはないわけで。
そう考えると、私はこの男についていく以外、方法がないのだ。
扉が開くと、外には四十代くらいのおばさんが立っていた。
これから車に乗るのであろう、鍵を左手に握っている。
どこにでもいそうなおばさんだった。
彼女は目の前のこの男を見上げて、微笑みながら右手を一回、招き猫のように前に倒す。
「あらぁ、田沼君。今からおかえりなの?」
「ええ、綿貫さんはどこへ?」
そうか、この男は田沼というのか。
とか言ってる場合じゃなくて。
「娘を迎えに行くのよ」
「そうですか、お気をつけて」
彼らはそう言うと、ぺこりと会釈した。
…普通だ。
おばさんの反応がかなり普通だった。
いやいや、同じマンションの人間ならそうなるだろう。
つまりこいつはこのマンションに部屋を持っているのか。
ならあれか。行き先はこいつの部屋なわけだ。
何故?
そんなこと私が知るわけがない。
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