猫足バスタブに愛を
「俺はさ、ただ通り掛かっただけなんだ。
そしたらたまたまあんなことがあったの。たまたま、ね?
…辛かったね。大変だったね。
でももう大丈夫だから。
今は情緒不安定かもしれないけど、とりあえず警察に電話しよ?」
“たまたま”?
何を言っているんだこの人は。
そんなことがあるはずない。
仮に、もしあったとしたら、彼はどれほどのお人よしなんだ。
見知らぬ人を命賭けてまで助ける人なんて、滅多にいないんじゃないか?
“辛かったね”なんて、“大変だったね”なんて、そんな言葉いらない。
私の気持ちなんて分からないくせに。
でも、彼の諭すような問い掛けには、何故か素直に頷いてしまった。
カップから出た湯気が、ゆるゆると円を描いた。
_