ミステリアスなユージーン
「値段は据え置きだから心配すんな。お前、この度は総桐箪笥を五点もうちで発注してくれたしな。親父も喜んでたよ。あとは微調整が残ってるけど納期は守るから安心しておいてくれ」

「うん」

私が頷いたのを見ると、先輩は頭に巻いていたタオルを外して首にかけながら続けた。

「他に湿気対策出来てて必要ないなら、手ぬぐいなんかディスプレイしたらいいんじゃないか?」

確かに壁は珪藻土だし、強化ガラスのタンスは浴衣のディスプレイ専用だけど、やっぱり湿気防止剤を入れられるとなれば心強い。

「惚れるわ、先輩。さすが職人!」

「じゃあ俺と結婚するか?」
 
無精髭をカッコよく生やした先輩が、至近距離からニヤリと笑った。

「ずっと好きだったんだぜ?」

言いながら、筋肉質の腕を私の首にグイッと回す。

「ちょっと先輩!嘘つくなっ!」

私が先輩の腕を投げる勢いで外すと先輩は少し拗ねたように、

「最近お前がこき使うからさ、俺、女子に餓えまくりなんだよぉ!」

「女遊び激しいんだから、たまにはおとなしくしてたらいいんですよっ」

「もう、お前で我慢するからさ、今晩俺と、」

「あ!電話だ」

「ちぇ!なんだよ」

渋々先輩が離れ、私はバッグからスマホを取り出して画面を確認した。

……佐渡君だ。なんだろう。

「はい。佐渡君?」

「大女将が倒れられました。内装のチェックの最中に……今、救急車を呼んだところです」

嘘。
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