ミステリアスなユージーン
「知ってたよ、大女将の病気の事。偶然、足元に置いた彼女のバッグから舌下錠が見えて……私の祖母も同じ薬を持っていたから。だから、必死だったのは確か。大女将にストレスをかけたくなかったから」

「漆器店の店主とはどうやって話をつけたんです?」

「……商品搬入の時間を一時間遅らせてもらう代わりに大口の契約を紹介したの。実は数年前に手掛けた結婚式場のオーナーに、式場オリジナルの引き出物を作りたいから、知り合いがいたら紹介してほしいって頼まれてたんだ。それと私の幼馴染が商事につとめててね、日本の伝統工芸を海外で売りたいらしくて、そっちも取り持ったの」

私は決まり悪くて佐渡君を見ることが出来なかった。

「……私は周りの人の力を借りただけで何もしてないんだよ。それに、大女将に病気の事を知っていたなんて知られるわけにはいかなかった。彼女の気持ちを乱したくなくて」

グラスに添えていた私の両手を、佐渡君が大きな手で包み込んだ。

それから綺麗な眼で私を真っ直ぐに見つめた。

「あなたが素晴らしいから、周りが手を貸すんですよ。それに確かに漆器店にとっても良い話に違いないですね。漆器は素晴らしい日本の伝統工芸品です。成功すれば市場が開ける」

「私は素晴らしくなんかないよ。けど、丸く収まって良かった」

「菜月さん」

「ん?」

「あなたが好きです。……ご褒美……ください。今すぐ、俺に」

吸い込まれそうな程綺麗な佐渡君の黒い瞳。

「……うん」

私は頷くと再び彼を見つめた。
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