ミステリアスなユージーン
華奢な身体を少し曲げて会釈した麗亜さんに、皆が慌てて頭を下げ、私も少し目線を下げた。

「おめでとうございます、課長!」

「婚約者がお迎えにいらっしゃるならどうして教えてくれないんですか!」

「本当ですよ、水くさい!」

そんな皆に麗亜さんがクスッと笑った。

「いえ、お約束をしていた訳ではないんです。私が会いたくなってしまって、叔父様に伺って勝手に会いに来てしまったんです」

その言葉に皆が一瞬ポカンとしたけど、すぐに安藤君が、

「課長、新田さんとごゆっくり」

「じゃあ課長、また来週会社で!」

「え?ああ、分かった」

「では皆様、失礼いたします。行きましょう、和哉さん」

その柔らかい声と課長の腕に伸びる彼女の細い指。

「悪い、みんな!じゃあまた来週な!」

行き交う車のテールランプと、街の美しい灯り。

それらの中で私達に背を向け、車へと歩き出した二人は、まるで映画の主役のようだった。

……終わった……。

ほんとに突然、終わった。

二人を乗せた車が滑らかに発進し、他の車と混ざって消えた後、ようやく私の耳に街の喧騒が戻ってきた。

……課長は……私を見なかった、一度も。
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