キミは甘のじゃく
“泣くなよ。もう大丈夫だ”
あれは……夏休みが終わる少し前。確か、夏期講習の帰りだった。
近所で開催された花火大会の混雑に巻き込まれ、満員電車の中で痴漢に遭った時、助けてくれたのは他ならぬ古賀くんだった。
恐怖と恥ずかしさでボロボロ泣く私の手を引き、家まで送り届けるといつもの悪態などひとつも言わずに帰って行った。
……蜃気楼のような一瞬の幻。
夏休みが明けると、すっかりいつもの調子に戻っていたからお礼を言うこともなかったけれど、いじめっ子だった彼に、唯一優しさを感じた出来事だった。
(どうしてこんなことばかり思い出しちゃうんだろう……)
古賀くんがどうなろうと……私には関係ないじゃない。
放っておけばその内、諦めるに決まっているんだから……。
しかし、私の予想に反して数日経っても彼の足がコーヒーショップから遠のくことはなく。
……先に痺れを切らしたのは私の方だった。