ケーキとキスと幼馴染
 そのとき、彩奈をじっと見ていた啓介と目が合った。

「おまえ、本当に幸せそうにものを食うよな」

 よく食べる奴だと呆れられたのだろうか。

 彩奈は下を向き、笑って言った。

「えっと……このケーキ、最近ちょっとハマってて」

 無意識に、フォークで削り取るケーキのかけらが小さくなる。


「あのさ」
「なに?」
「ケーキと僕のキス、どっちが好き?」

 上を向いたとたん飛び込んできたのは、至近距離にある啓介の真面目な顔だった。
 その瞳は溶けはじめのチョコレートのように艶やかで、彩奈は思わず持っていたフォークを落としそうになった。

「な、なに言って……」

 フォークを慌てて握りなおし、宙に彷徨わせながらしどろもどろに答える。
 すると啓介は、目を細めてくすりと笑った。

「って、このチラシに書いてある」

 啓介が差し出したのは、コンビニ袋に入っていた広告だ。
 アイドルタレントの笑顔の横に、「ケーキと僕のキス……」というキャッチコピーが書かれている。
 啓介はふざけてこのセリフを言ったのだ。


「啓介って、そういう冗談言うタイプなんだ。幼稚園からの付き合いだけど、はじめて知った」

 彩奈は動揺した表情を見られないように、慎重に距離をとった。
 食べ終わった蕎麦とケーキの器を盆にのせ、手早く台ふきんでテーブルを拭く。

 扉の奥にあるキッチンに食器を運び、蛇口をひねって水を出した。
 じゃあじゃあと流れる水の音を聞いても、かき乱された心はなかなか落ち着かなかった。
< 5 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop