心ときみの物語
「き、清香さんのお父さんです」
運転手が後部座席のドアを開けると、そこから60代前半の男が降りてきた。
「頑固そうだな」
俺の第一声はそれ。もう本当に見るからに頑固で厳しそうな人だってすぐ分かる。
「……あはは。そのぐらい意志が強くないと会社の社長なんて務まらないですからね」
「悪口のひとつぐらい言えば?」
「い、言わないですよ!言えないです。それに人の悪口だけは絶対に言ってはいけないと死んだ母から唯一、いい聞かせられてきたことなので言いたくないんです」
だからお前はなめられるんだよ。
清香の父親は本当に一筋縄ではいかなそうな人相をしていて、あれを説得させるのには相当骨が折れそうだ。
しかも頼りなくて悪口のひとつも言えないコイツだし。
結婚したいなら「清香と父親の縁を切ってやるよ」と冗談で言ったら「だったら早く僕との縁を切ってください!」とマジで怒られた。
真面目で冗談が通じなくて、おまけに自分が犠牲になれば上手くいくと思ってるバカ。
結局そのあと、淳平のスマホが鳴って。また上司に呼び出されたらしく「すいません」と俺に何度も頭を下げながら職場へと戻っていった。