心ときみの物語
脱走する可能性もあったけど、つぐみはちゃんと戻ってきた。
「あんたのせいで妹が熱出しちゃってって嘘ついたよ」
「はは。案外休めるもんだろ?」
「……もう」
つぐみは呆れた顔でため息をついて、デンモクのタッチペンをカチカチと操作しはじめた。その姿はちょっとぎこちなくて、新曲を見たりジャンル別で検索してもなかなか曲が決まらない。
「カラオケなんて久しぶりだろ」
「久しぶりもなにも2年近く遊んでないし」
母親が死んで環境が変わったのはつぐみも同じ。父親を反面教師にして必死で自分を震い立たせていたんだろう。
「まあ、下手でもなんでもいいから歌え。腹からでかい声を出せば発散できるものもあるよ」
俺はそう言いながら旨そうなフードメニューを眺めた。
「あんたのおごり?」
「へ?」
「言っとくけど私250円しか持ってないからね」
つぐみはカバンから財布を出して「ほら」と逆さまにした。その時パラパラとレシートがソファーの上に落ちて、俺が拾い上げる。