心ときみの物語
確かこれはまだ桜の蕾が芽吹く前。
毎日毎日、鳥居をくぐってランドセルを背負ったまゆかが参拝所に通っていた頃の話。
無垢で純粋なその足音は俺の耳にも聞こえてきて。届かない叶緒にいつも必死で手を伸ばしていた。
そんな日々が続いたある日。
いつも目を瞑って祈るだけだったまゆかが賽銭箱の前にそっとなにかを置いた。それがこのクマのぬいぐるみ。
「どうやら誰かから賽銭箱には金を入れないと願いは叶わないって言われたらしい。金はないから私の大切なものをってこれを置いていったんだよ」
まあ、この後日談はまゆかがこっそりと小鞠だけに教えた秘密ごとらしいけど。
「なんでそんなことを……」
つぐみはぬいぐるみを受け取って首を傾げた。
「お父さんとお姉ちゃんが仲直りしますようにって、そう毎日口に出して祈ってたよ」
俺がそう言うと、つぐみはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて涙を手で拭った。
「あんたの言うとおりだったね。私は母親にはなれないし、まゆかはそれを望んでなかった。良かった。ちゃんと言ってもらえて。おかげでお父さんとも手遅れにならずに済んだ。本当にありがとう。エニシさま」
もう裏絵馬なんていらない。
俺と花咲つぐみの縁は切れた。