心ときみの物語
「ま、待ってください。さっぱり理解ができないわ……」
八重はまだ混乱している様子。
無口で頑固でおまけに不器用な猫に首で「いけ」と合図をすると、その足元に置いてある小さな箱を八重の前に差し出す。
「……なんですか?」
不思議そうに八重が箱を手のひらに乗せて、静かにそれを開いた。
「探していたんだとよ。ずっとそれをな」
俺がそう言うと八重の瞳からポロポロと涙が溢れた。
猫から伝わってきた想い。
初めて出逢った時、本当は自分のほうが八重に対して一目惚れだったこと。
子どもがいるのにそれでもいいと言ってくれたあの日の感動。毎日、家事に追われる中、文句のひとつも言わずに尽くしてくれたこと。
それが当たり前になっていて、言うタイミングを逃していたあの言葉。
25年という節目になにか喜んでくれることはできないか。遅すぎたけれど、ずっと左手の薬指を見て、虚しげな目をしていることには気づいていた。
だから……今さら、年甲斐もなく緊張して買いにいった。
「……秀之(ひでゆき)さんなんですか?」
八重はキラリと光る指輪を握りしめながら、夫の名前を呼んだ。