心ときみの物語
互いに言わなくても分かるだろうと、そんな日々を過ごして25年が経った。
だけど、もう二度と会えない人になって。長い時間を共に生きてきたはずなのに、伝えたい言葉がありすぎる。
秀之の体が次第に色をなくしていく。
認識されて、指輪を渡したら消えてしまうほど儚い存在。
「……ああ、秀之さん、秀之さん」
八重は何度も名前を呼ぶ。
苦しかったこと、もうダメだとすれ違ったこと。その脳裏に今までの日々を思い出しながら、伝えたいのは、この気持ち。
「秀之さん。私を選んでくれてありがとうございました。とても幸せでした」
八重は左手の薬指を顔の前に出して笑う。
無邪気で、まるで出逢ったあの時のように。
「ずっとずっと愛しています」
――『ああ、僕もだ。きみをずっと愛している』
秀之は八重の前から消えた。
残っているのは結婚指輪と、八重の晴れ晴れとした顔。
愛されているということ。
愛されていたということ。
それに気づけたら、怖いものなんてなにもない。