心ときみの物語
ずっと縮まらなかった距離。繋がりさえもなくなってしまったと思っていた関係。
美幸は肩を震わせて、もう一度頭を下げた。
「ごめんなさい。お父さんと前のお母さんとの言い争いを一番近くで見ていたから信じられなくなっていたの。家族とか愛情とか」
「………」
「自分のお腹を痛めて産んだはずなのに、あっさりとその人権をお父さんに譲って私から去っていった。だからあの頃の私はなにも信じられなくなっていたのよ」
八重はそれを黙って聞いているだけだった。
手が付けられていない麦茶の水面に互いの顔が映って。その表情はまるで本当の親子のようにそっくりだった。
「でもね、結婚して子どもを産んで、愛情を信じられるようになって……。子育てをしながらいつも考えるのは八重さ……ううん。お母さんのことだった」
一度も呼ばれなかった〝お母さん〟という名前。だから自分がしてきたことを疑う毎日だった。
八重の瞳から一筋の涙が流れる。
「だから声が聞きたくて電話した。でも今までのことを考えると、そんな都合のいいこと言えるわけないって電話を切ってた。……本当にごめんなさい」
その言葉を聞いて、八重は美幸に寄り添った。
「いいの。いいのよ」
ふたりは同じ顔をして泣いた。
きっとこれから美幸はたくさんの親孝行をするだろう。それは娘の実優と一緒に。
「……おばあちゃん?」
「うん。そう。おばあちゃん」
お母さんとおばあちゃんのふたつの名前が増えた八重は今までにないくらい誇らしげな顔をしていた。