金木犀の季節に




「ごめん。少し暗くなっちゃったね」


しばらくして、八木さんはそう言った。
しかも、朗らかに笑いながら。

「全く関係ないんだけどね、俺の妹、金木犀の花、好きなんだよ」

無理して笑ってるのかな、なんて思ったけど、そうではなさそう。

「妹さん、いらっしゃったんですね。なんていうお名前なんですか?」

八木さんはズボンのポケットから一枚の白黒写真を出した。

「ことぶきに、音って書いて寿音。この子だよ。七五三の時にとってもらったんだって」

着物を着た女の子を指さして、楽しそうに説明してくれる。そんな姿をみたら、いまどき珍しい白黒で印刷されていることなんて、どうでもよくなってしまった。

「これが送られてきたのは去年だからさ、今日久しぶりに家に帰って『お兄ちゃんおかえり』って言われた時は写真と違いすぎてびっくりしたよ」

「久しぶりに家に帰ったって、普段は違うところに住んでいるんですか?」
「うん。音大の近くのアパートでひとり暮らしをしているよ」

このようなテンションの返事を予想していたが、そんなのは大きく外れた。

「潜水学校の学生だったし。普段は茅ヶ崎にいないよ」

潜水学校なんて聞いたことがない。おおかた、なにかの専門学校だろう。

「とても素敵な演奏だったので、てっきりどこかの音大生かと思いました」

「本当? ありがとう!」

屈託のない微笑みに何も言えなくなった。





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