金木犀の季節に
「そうじゃなくて、今!」
パン、と手を叩く音が聞こえた。
「今、俺のこと奏汰さんって呼んでくれたよね!?」
そう言われてはっとした。
記憶を遡ってみると、確かに言っている。
「すみません! 馴れ馴れしくしちゃって!」
妙に親しみを感じてしまったけれど、向こうからしたら私なんて得体の知れない女だ。
そんなやつにいきなり名前を呼ばれるなんて、いい気はしないのではないだろうか。
ああ、時間を巻き戻したい。
「いいよ、すごくうれしいから」
安心して、世界が明るくなったような気がした。
「ありがとうございます!」
「あと、敬語も使わなくていいからね」
「わかりました」
「あ、今敬語使った!」
にこにこした奏汰さんを見たら、なんだか恥ずかしくなってしまって顔を手で覆ったのだけど。
指と指の隙間から覗く海は、今までに見たことないくらい、輝いていて、鮮やかに見えた。