冷徹侯爵の籠の鳥~ウブな令嬢は一途な愛に囚われる~
喪服をまとい、おそらくは自殺をはかったうら若き女性。

閉じあわされたまつ毛には、水滴が涙の粒のように光っている。

濡れていながら髪は乱れることなく、漆黒の艶は深い。
この頬に血の気がもどり、瞳を開け微笑んだら、じゅうぶんに人の鑑賞に耐えるだろうと、容易に想像がついた。


「クラウス様、いかがいたしましょう」
リュカの声にはわずかな緊張が感じとれた。

誰もが固唾を吞んで、クラウスの言葉を待つ。

望まぬ闖入者。
放っておいたら———

肺炎でも起こして野垂れ死ぬか、素性の良くない男たちに見つかって餌食になるか、あるいは———もう一度湖に身を投げるか。

どうなっても、いささか後味が悪い。

「屋敷に連れて帰って、介抱してやれ」

その言葉に一同の張り詰めた空気がほどける。

「わたしが馬に乗せましょう。女性ですから」
リュカが女性を抱き上げた。

感情の抑制に長けたリュカだが、その声には安堵の響きが潜んでいる。
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