冷徹侯爵の籠の鳥~ウブな令嬢は一途な愛に囚われる~
「はい・・・リュカ様が言っていたので」
別に自分に言ったわけではないが。

「なんだ、物欲しそうな顔して」
クラウスがくちびるの片端を上げる。

「も、物欲し・・?」
自分はどんな顔をしているのだろう。思わず頬に手を当てる。

ほれ、と手が差し出される。

「クラウス様・・?」

「踊りたいんだろ? 顔に書いてあるぞ」

素直に彼に手を預ける。
月の光が照らすバルコニーで、クラウスと踊る。

「噂話に陰口が飛び交い、奸計を巡らせ、欲望渦巻く社交界が俺は好きじゃない」
クラウスが独り言のように口にする。

「舞踏会なんぞ年に一度行けば十分だと思ってる。
というわけで、しばらく連れて行ってやれないと思うが、ステップを忘れないように、ときどきはこうして踊ってやるさ」


自分は舞踏会に行きたいのだろうか。
いや、それは違う。見知らぬ人だらけの場所など、本来大の苦手のはずだ。

ならばクラウスに踊って欲しかったのか。
はたまた、彼に大切な存在として扱われたかったのか。

自分のうちに沸く感情を、整理しきれない。


一つだけ確かなことはーーーもう死にたいなどと望んではいないということだった。
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