僕と家族と逃げ込み家
「もう、すっごく混んでて、並んじゃいました」
「――覚えててくれたの?」

母の目がワクワクと箱を見つめる。

「当たり前です。毎月三日は新作発表の日! 忘れるもんですか」
「キャァァ、トヨ子ちゃん大好き!」

ケーキボックスを奪い取ると母は早速箱を開ける。

「可愛い! 綺麗! 美味しそう! 四月の新作はやっぱり苺なのね」
「ええ」

頭を突き合わせ、瞳を輝かせて箱を覗き込む大人の女性が二人。
何となく、虚しく見えるのは僕だけだろうか?

二人から目を逸らすと窓の外に目を向ける。

税金対策と不労所得と老後の生活のために建てられたマンション。
そのペントハウスの外に広がる屋上庭園。

そこには母とトヨ子ちゃんが作る秘密の花園……という名の野菜畑が広がっている。

だが、僕の目を引いたのは畑ではない。今を盛りに咲き誇る淡いピンクの大島桜だ。
それが時折、風に吹かれ、散った花びらがヒラヒラと舞い、どこかに飛んで行く。

のどかだなぁとしみじみしていると、「ところで!」とトヨ子ちゃんの低く落ち着いた声が聞こえた。

「原稿は進みましたか?」

仕事に対して、現編集さんよりも怖い元編集のトヨ子ちゃん。
この低い声が出ると、当然、次は爆発が起こる。母もそれをよく知っている

「あっあのね、春太がね、感想をね、言ってね、くれないの……」

しどろもどろ言い訳を始める母。
台風の目を警戒しながらも、ケーキの箱はしっかり胸に抱えられている。
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