僕と家族と逃げ込み家
2Fには、成田眼科と沢田耳鼻科。
眼科は目を酷使しているから。耳鼻科は花粉症だからそうだ。

1Fには、コンビニ『ほっこり』とカフェ『逃げ込み家』
コンビニは冷凍冷蔵庫や食品庫代わり。カフェは……弟だから。

そう、母の七歳下の実弟、間宮守がカフェ『逃げ込み家』のオーナーだ。
そして、僕は今、そこに向かっている。

『家出します』は『逃げ込み家にバイトに行ってきます』の略語。

『屋上』然り、我が家ではこういう変な言葉が飛び交っている。だから、母もトヨ子ちゃんも僕が『家出』という単語を出しても平然としていたのだ。

チンとベルが鳴りドアが開く。

エレベーターから出ると、ホールの端にある壁と一体になっている白い無機質のドア前に立つ。カフェのバックヤードに続くドアだ。

ドアの横にある電子錠のボタンを押して中に入る――と同時にセンサー式の鈍い照明が灯る。

細い廊下を十歩ほど進み、天井までの業務用冷凍冷蔵庫前を過ぎ、備蓄してある調味料棚を曲がり、更衣室に入る。

三帖ほどの狭いスペースにロッカーが三つ、四人掛けのテーブルと椅子があるだけの殺風景な部屋だ。

三つもロッカーがあるが、常時バイトに入っているのは僕だけ。
時々、助っ人が来るには来るが……微妙な奴等だ。

上下黒のユニフォームに着替え、赤のネクタイを結び、ソムリエエプロンを着け、鏡の前で髪を整える。

こう見ると僕もまんざらじゃないと思うが……宗様に遠く及ばないと思うと面白くない。再熱する母への怒りを口にしながら店頭に向かう。
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