僕と家族と逃げ込み家
「ブルマン、淹れたてです」

叔父が栗原母と僕の前に花柄のコーヒーカップを置く。
立ち上る白い湯気から芳ばしい香りが漂い鼻腔をくすぐる。

「冷めないうちにどうぞ」

栗林母は恐縮しながらも、香りに誘われるようにカップを手に取る。

「あの、最初に言っておきますが」

三口ほど飲み、落ち着いたところで僕はおもむろに言葉を発する。

「ここは塾と名乗っていますが、ここで成績を上げようとか思わないで下さい。そういう正当な学習塾じゃないので」

母親は軽く頷き、ニッコリ微笑んだ。

「承知しております。先生、二胡はとても賢い子です。成績のことは心配しておりません」

見るからに賢そうな顔をしているものな……と思い頷く。

「では、僕に……この塾に、何を期待されているのでしょう?」

場面緘黙症を治せとか……そんなのは無理だ。
そういうのはクリニックに行ってくれ。

「何も……ただ、あの子の時間を有意義なものにしてあげたくて」

憂いを秘めた瞳がデッドスペースに向く。

「あの子、学校でも一人でいるようなんです。放課後も……家には三人の子が居ます。二胡とは四つ違いの兄と弟が……」

男兄弟に囲まれているなら……亮は別として、まぁ、ここでも大丈夫かと健太と幸助を頭に思い浮かべる。

「子供たちはとても仲がいいのですが、兄の方は塾に弟の方は保育園に、それぞれ帰りが遅いので、どうしてもあの子が一人でいる時間が長くなってしまって……」

それで、ここってことか。
それにしても、ずっと一人って……あの鎧を纏ったような頑なな態度……さもあらんか。

若干六歳で……過酷な人生を歩んでいるようだ。
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