俺に、青春なんて必要なかった
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昨夜、漸く完成した。
と言っても、ほとんど未明に近かったため、俺を襲う今朝の睡魔は計り知れないものだった。
それでも眠い目を擦り、無駄に体力と地味に精神力を費やしてまで起きているのは、完成したばかりである、この自作プログラムの出来栄えを一刻も早く試したかったからだった。
数学教師の中菅(なかすが)から、演習開始の合図を受けると同時に、俺は制服のポケットから即座にスマートフォンを取り出した。
無論、中菅の目を盗んでだ。
そして、平凡な行列の問題が並ぶプリントを素早く撮影した。
あとはこの画像データを、JPEGファイルからテキストファイルへとコンバートすれば、準備は整う。
そして、ファイルを読み込みコンパイル後、問題がなければ実行だ。
「よし」
エラーメッセージもなく、見事にらしき解答が画面上に表示された。
大学受験対策の演習問題にしては、幾分陳腐な問題だったが、このプログラムの性能を確かめるにはまあ妥当なところだろう。
これくらい単純な問題なら、プログラムの修正がすぐに効く。
開始五分という凄まじい早さで、俺は演習プリント丸々一枚を終えた。
そして、昨日の分の睡眠をとるために伏せたのだった。
次に目が覚めた時には、休み時間になっていた。
ガヤガヤと騒がしい教室に、頭が徐々に覚醒していく。
スッキリしたとは到底言い難かったが、ある一人の女子クラスメイトの声によって、まだ睡魔が潜む俺の頭は完全覚醒した。
「和久井(わくい)くん。おはよう」
「あ、はよ……」
なんて寝惚けた返事だ。
恥ずかしさから大して顔も合わせられず、俺は席を立った。
向かった場所は、トイレだった。
寝ぼけた顔を洗いに行くためだ。
その途中、俺は佐久間(さくま)とすれ違った。
いけ好かない、こいつの行先が容易に想像できた俺は極端に歩を緩めた。
なにも、別に急いで教室に戻る必要はない。
だけど、男の用とはすぐに足せるもの。
俺はもうトイレをあとにしていた。
案の定、佐久間はいた。
俺の教室の前で、先程俺に挨拶をしていた女子クラスメイトである、姫野美羽(ひめのみう)と会話を弾ませて。
それは予期していた通りで、またよく見掛ける光景だというのに胸は何か小さな音を立てた。
だけど、小さいだけにわざわざ気に止めるまでもない、と俺は目を伏せた。
そして、二人がいる反対側のドアから教室に入ったのだった。
席に着くなり、俺の前の席で唯一気の合う奴である吉村(よしむら)は言った。
「やっぱり、かわいいよなあ。姫野さん」
ここで誤解を招かないように追記しておくが、吉村と気が合うというのは姫野に関することではなく、趣味についてだ。
そして、ほぼ一日一回以上は耳にするこの台詞に、俺が何もコメントしないのもいつものことだった。
そう、理由は面倒だから。
それだけだ。
教科書を仕舞おうと、机に目を向けた時だった。
明らかに、俺の物ではないシャーペンが乗っかっていた。
見るからに女物だった。
「誰の?」
「あ、多分それ姫野さんのだ。さっきまでここにいたから」
「ふうん」
吉村は姫野と比較的、話す方だった。
いや、姫野に限らずクラスの女子とよく話す奴なのだ。
完璧に冴えない組の俺とは違って。
少し前までは、正確には三年生になるまでは、吉村も俺と同じ部類の人間だと思い込んでいた。
というか現にそうだった。
けれど、高校三年での進級の際に理数系クラスを選択してからというもの、まあまあ頭がキレて人並みに愛想のいい吉村は、女子からはよく頼られたものだった。
そして、吉村が解けないクソ問題は吉村から俺に回ってくる、という具合だった。
(完全に後手だな)
頭のどこかで、そんな情けない思いを抱きながらも吉村みたく、女子に対してなかなか免疫がつかない俺は、やはり冴えない組というレッテルを貼られざるを得なかった。
しかしもう、そんなことにも慣れていた。
だって、今に始まったことではないのだから、今更とやかく言うこともない訳だ。
それに、周囲からの一方的な評価にいつしか俺自身も呑まれていき、そしてどこか片隅に蟠りを抱きながらも、その評価相応の俺自身となっていった。
その蟠りが歪みとなって、冷めてひねくれた俺の性格に更なる拍車を掛けていた。
吉村のように上手く、そして何より素直に振る舞えない俺は、俗にいう不器用というやつだった。
愛想がないのは、ただ女子に対してどういう風に接したらいいのか、分からないから。
無愛想で、更にはパソコン(特にC言語を使ったプログラミング)やゲーム(麻雀からギャルゲーまで)が趣味という、一段と冴えない要素が加わった俺に唯一、挨拶してくれる女子がいた。
それが姫野だった。
彼女とは去年から同じクラスで、彼女も理数系クラスを選択したことから、今年もまた運よく同じクラスになれた訳だが、挨拶以外の会話は多分ほとんどしたことがなかった。
愛嬌があり、よく笑う彼女は性格も良く、先生も含め特に異性からの絶大な人気を得ていた。
そんな彼女の周りにはいつもお盛んそうな野郎共が取り巻いてが、とりわけ中でも際立って接していたのが先程廊下ですれ違った、いけ好かない野郎もとい佐久間だった。
そいつは、姫野とクラスが離れてからというもの、休み時間になれば甲斐甲斐しく姫野を訪れた。
いや、もしかしたら二人はもうそういう関係なのかもしれない。