見ない振り
周囲から聞こえてくる喋り声が、心地良いBGMとなって私の耳に流れてくる。

そうして目の前に置かれたおつまみを片手に、私はハイボールをぐいっと飲み干した。


「……っうま」


やっぱり仕事終わりのこれは最高だ。
口うるさい上司に毎日怒鳴られ嫌味を言われ、ストレスが溜まる一方の私にとって、ここは唯一リラックスできる癒やしの空間だった。

理由はそれだけじゃない。

______……一番の目的は、


「いらっしゃいませー」

「ども」


カウンターの中からおじさんがそう言ったのを見て、私は入り口へと視線を向ける。

そしてずっと待っていた彼の姿を目にした途端、自分の頬が緩むのが分かった。


「また会いましたね」

「……はい」


私の姿を見つけた彼が、そう言って隣に腰掛けた。
そんなことにすら胸が躍ってしまう私は、もはや病気なのかも知れない。


「僕も同じものを」

「はいよ」


席に着くなり私と同じハイボールを頼んだ彼は、いつもと変わらずスーツの上着を椅子にかけた。

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