見ない振り
その瞬間フワリと香った彼の香水は少し汗が混じっているようで、そんなことさえセクシーに感じてしまう。


「今日も上司は嫌味ばっかりでした?」

「……え?」

「上司、この間言ってたでしょう」

「あっ、ああ、そうです。今日も嫌味の連続攻撃を食らっちゃいました」

「ははっ、やっぱりかぁ。どこも同じようなものですねぇ」

「えっ?怒られることあるんですか?」


驚いて顔を凝視すると、彼はプッと噴き出した。


「あるに決まってるじゃないですか。僕なんてまだまだ下っ端ですよ。桜さんとそう変わらないんじゃないかな」

「そんなこと…、」

「歳だって近そうだし」

「……っ、」


その言葉に思わずドキリとしてしまう。
ここで彼と会ってから、お互いのことは名前しか言っていなかったから。

私と彼は、いつも会社の愚痴やその日あった出来事の話で盛り上がるのが常だった。

それ以上踏み込むのをずっと躊躇していたんだ。

だって彼の左手の薬指には、キラリと光る指輪がはめられていたから。



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