チョコレート・ウォーズ
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脇に挟んでいた体温計から電子音が聞こえてきて、莉子は体温計を取り出した。
「朝よりは下がったみたいね。お薬が効いたのかしら?」
体温計を見た雛子がホッとした顔をする。
「でもよかったじゃない。インフルエンザじゃなくて」
朝から具合が悪く、雛子に連れられて病院へと行った。
この時期流行の兆しを見せるインフルエンザの検査では陰性で、今回の莉子の症状は単なる風邪と診断された。
学校は当然欠席。病院から戻って今まで、ずっとベッドで一日を過ごしていた莉子の心配事はふたつある。
ひとつは当然、今日陸斗に渡して気持ちを伝えるはずだったチョコレート。
休むことを連絡した杏奈からは、『明日になって渡したって大丈夫よ。気にせずゆっくり休むこと』という内容のメールが返ってきた。
こんな体では陸斗に会うこともできないから、今日は渡せないのはわかっている。
だけど、バレンタインデーという魔法の日を利用して、ちゃんと自分の気持ちを伝えようと思っていた莉子にとっては、風邪をひいてしまった自分のことが情けないやら悔しいやら。
密かに、しかし大きく落ち込んでいたのである。
そしてもうひとつは、両親のこと。
今から三日ほど前のこと、父から母とデートに行っていいかと打診されていたのだ。
『もちろん行っておいでよ』と、莉子も快く承諾していたのだが、体調の悪そうな莉子を見て、朝、父親が言っていたのだ。
『莉子も具合悪いし、今日のディナーはやめておくか』
その時に莉子は、『そんなこと言わないで。出かけてきてよ』とは言ったのだが。
「ねぇ、ママ。今日、ちゃんとパパとお食事行くよね?」
自分のせいでせっかくのデートが台無しになるのは悲しい。
泣きそうな顔で見つめる莉子を見て、雛子は微笑んだ。
「行かないって言ったら、莉子ちゃんずっと気にしそうだもんね。助っ人も見つかったことだし、莉子ちゃんの優しさに甘えて行かせてもらうわね」
「うん、ゆっくりしてきて。私は大丈夫だから」
「ありがとう。莉子ちゃん」
でも……、と莉子の中で疑問がわく。
元々両親が出かけるのをやめようかと言い出したのは、家に莉子がひとりになってしまうからだった。
大地がいればそんなことも言わなかったのだろうけど、あいにく大地は今日から一泊二日の中学校のスキー研修へと出掛けている。
まさか大地が研修を休んで帰ってくるわけではないし、一体助っ人って誰のことを言っているのだろう?
通常の莉子であれば知っている人を思い出して予想もするのだが、今はまだ薬も効いていてぼんやりしており、考える気力もない状態だ。
再び睡魔が襲ってきて、意識が消えてきそうになった瞬間、家のインターホンが鳴る。
「あ、来てくれたかな? じゃあ、莉子ちゃん、ママ行ってくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
莉子の頭を撫で、雛子が部屋を出ていく。
その後ろ姿を見つめながら、莉子は意識を手放した。