チョコレート・ウォーズ
しばらくして注文した料理が届き、陸斗が莉子にネックレスを送ったという話から、きっと莉子は陸斗の真意に気づかないだろうと勝手にふたりの会話を妄想したりしていたとき、急に後ろからポン、と肩を叩かれ、びっくりして杏奈は振り返った。

一瞬、視界が暗くなった。

「杏奈じゃない? 元気にしてた?」

そうやってニコニコ笑っているのは、中学時代の同級生の三人。

上手く言葉が発せない杏奈の声を待てない様子で、幸弘に視線を向け、猫な声で挨拶をしている。

その声が、更に杏奈の耳に響き、足元が冷たくなってくる感覚を覚えた。

彼女たちの声が耳に入ってこない。世界が真っ暗になり始めたそのとき、幸弘が杏奈の名前を呼んだ。

「……んな、杏奈」

「え?」

初めて幸弘に名前を呼ばれたことに対する違和感を感じるよりも、彼女たちと同じ空間にいる嫌悪感が先に出る。
たどたどしく返事をすると、心配そうな瞳の幸弘と視線が交わった。

「調子悪い? もう店、出るか?」

「う、うん。その前にトイレ行ってくるね」

ぎこちない笑顔で席を立ち、化粧室へと向かう。

化粧室の鏡で見た自分の顔は、真っ青だった。

一年以上も前の出来事なのに、まだこんなに動揺するなんて。

フルフルと顔を横に振り、頬をパチン、と両手で叩く。

大丈夫、負けない。私は大丈夫。

そう言い聞かせて化粧室を出ると、まだ同級生たちは幸弘を囲んでいた。

「杏奈と付き合ってるんですか?」

「うん、そうだけど」

ひとりの問いかけに、幸弘はニッコリ笑って答えている。

何を言っているんだ。慌てて杏奈が駆け寄ろうとしたそのとき、三人の内のひとりが発した言葉に、杏奈の足が止まる。

「杏奈はやめておいたほうがいいですよぉ」

その発言に、幸弘が怪訝そうな顔をしている。

「実は杏奈、前の中学で有名だったんです。魔性の女って」

「そうそう。何人もの男子手玉に取って、ね」

「結構泣かされた子も多かったんですよ、彼氏取られたり」

大声で違う、と叫びたかった。そんな噂も流れていないし、実際にやったこともない。

でも、声が出ない。足も動かない。
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