チョコレート・ウォーズ
杏奈の代わりに口を開いたのは、幸弘だった。

「何言ってるの。杏奈がそんなこと出来るわけないじゃん」

彼女たちの笑顔が固まった。

「それきっと、杏奈が綺麗だからって嫉妬してる奴の流した噂でしょ。実際、君たちは被害に遭ったわけじゃないんだろ? 杏奈と仲良くしてたって言ってたんだし」

ね、と微笑むその姿は、いつも多数の女子生徒の頬を染める王子様スマイル。

例によって、彼女たちも頬を染め、気まずそうに目を合わせている。

「頼みがあるんだ。その噂を流してる奴、教えてくんない?」

「ど、どうしてですか?」

「んー。許せないからさあ、ちょっとガツンと言っておきたいなと思って。俺の彼女のこと悪く言ったら許さないよって」

すると、先程まで赤く染まっていた彼女たちの顔が青くなっていく。

幸弘は、彼女たちの表情の変化には全く目を向けず、離れたところにいる杏奈に近づいてくる。

「今日はもう帰ろう、杏奈」

俯いて頷くことだけが精いっぱいの杏奈の肩を抱き、幸弘は念を押すように三人に言い放った。

「今度杏奈のそんな話、耳に入れることがあったら、俺は犯人許さないから。広めた奴に言っといてよ」

真っ青な顔のまま、三人は小さく頷く顔を確かめた後、杏奈は幸弘に肩を抱かれたまま、カフェを後にした。





カフェを出て数メートル、ようやく声が出た。

「赤瀬。もういいから。大丈夫」

その声を合図に、幸弘の手が肩から離れる。

代わりに右手をつかまれ、驚いて顔を上げると、そこには真剣な表情の幸弘がいた。

「アイツら、高梨に何したんだ?」

「……何もされてはないの。正確に言うと、何かしようとしているのを知って、距離を置いたって言ったほうが正しいかな」

莉子にだって話したことがない、中学時代の話。

先生からの用事を終え、友人たちが待つ教室へと戻った杏奈の耳に入ってきたのは衝撃的な会話だった。

仲良しだと思っていた三人の友人が、当時、杏奈が好きだった男子に対して、杏奈に告白してその後こっぴどく振ってほしい、と言った依頼をしていたのだ。

「杏奈が気に入らない」「なんだか高飛車でプライドをへし折りたい」「ホントにアイツ、ムカつく」と言った、いつも自分と笑顔で話してくれている彼女たちから出る言葉とは思えない悪口の数々。

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