チョコレート・ウォーズ
「これって、『ショコラ・ショコラ』のバレンタイン限定だろ?」

「そうよ。予約しないと買えない限定品」

もしかして、と淡い期待が幸弘の胸をよぎる。

予約しないと買えない限定のチョコレートを、杏奈が幸弘に渡そうとしてくれている。

それが何を示すのか。これは思いよがりではないはずだ。

幸弘がゴクン、と唾を飲み込んだとき杏奈がスウッと息を吸い込んだ。

真っ直ぐな瞳が、幸弘の目を射抜く。

「……さっきも言ったけど、恋も、友情も、何もかもいらないと思ってた。でも、欲しくなった。欲張りになったのは、莉子と、赤瀬のせいだよ」

「それってどういうこと?」

「もうわかってるんでしょ?」

真っ赤な顔をした杏奈なんて初めて見る。

力を入れなければニヤケてしまう顔を引き締め、幸弘は首を横に振る。

「ちゃんと言ってよ、杏奈」

「……私も、好き」

胸の前に押し付けられたチョコレート。それを右手でキャッチし、残った左手で杏奈の体を抱き寄せる。

「よっしゃー」

「赤瀬、く、苦しい」

「名前呼んでくれたら離してあげる」

陸斗のことを名前で呼ぶ杏奈の声を聴くたび思っていた。自分のことを名前で呼ぶ杏奈の声は、どう響くのだろうと。

「ゆ、幸弘」

「小さくて聞こえない」

「……幸弘っ!」

叫ぶように言うと同時に、ドンと幸弘の胸を押し、杏奈が顔を上げた。

想像以上だった。好きな子が呼ぶ、自分の名前は、世界が輝くようだ。

「俺たちも、陸斗と莉子ちゃんに負けないように頑張ろうぜ」

「あっちは年季が違うでしょ」

相変わらずあっさりしている杏奈だが、幸弘は気づいていた。

「杏奈、耳真っ赤。可愛い」

「もー。恥ずかしいこと言わないでっ!」

杏奈のこんな可愛い部分が見れるのは、自分だけでいい。

陸斗のことをバカにしていたが、自分も案外独占欲が強いのだな。

思わず笑ってしまった幸弘を、杏奈が不思議そうに見上げた。

「どうしたの、幸弘?」

「いや、何でもない」

陸斗のことを笑っていたけれど、杏奈に自分も同じように贈り物をする日もそう遅くはないな。

そう感じながら、幸弘は杏奈の手をつなぎ、駅までの道を歩き出した。



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