意地悪な彼の溺愛パラドックス
「わかった! 戦友ですか? だからふたりともゲーセンで働いてるんだ」
「違う。俺はゲームしない」
彼が即答すると、大和くんが口を開く。
「かよつん。遼は俺に憧れて、涙ぐましい努力をして大卒で本部に入ったんだ。それを献身的に支えたのは俺! つまり俺たちは、友よりも深い絆で結ばれているんだよ」
そう言って指でハートを作り見せるので、私は悪寒を走らせる。
「まさかボーイズなラブ?」
「気持ち悪いこと言うな。大和なんかに憧れてないし、そんな努力してない。支えられてもない!」
「本当ですか?」
「なんだその目は。まぁ、大和が働いてたのがきっかけで、本部受けたんだけどね」
「へぇ?」
怪しむ私のおでこをペシッと叩き、グラスを空にした彼は私たちにオーダーを取る。
私がやるべきことなのだが、彼が隣に来てから任せっきりで申し訳ない。
と思いつつ、気づく前に先を行く彼はスマートで好きだ。
大和くんは早々に「ハイボール!」と叫び最近の悩みを語り出した。
どうも年を感じるそうで、プリン体を気にしているらしい。
「じゃ俺もハイボールにするか。バカヨは?」
「わ、私も」
うなずきながらなにかに気づいた彼は、さりげなく今朝したように指先で私の横髪を解放した。
「またついてる」
やわらかに口角を上げ、そのまま頬をなでるようにすべり彼は離れていく。
その指先はくすぐったくて甘ったるくて、ルージュののった唇からドキドキがこぼれそう。
ついつい流されるまま同じものをリクエストしてしまったが、次はなんとしてもホット烏龍茶を頼まねば。
でないと奴の髪に対する欲求からくる、不埒な仕草だけで酔いに落ちてしまえるから。
オーダーを終えたそんな彼に、ふと疑問に思い私は耳打ちをする。
「幼馴染なら、柏木さんの髪フェチも知っているんですか?」
「それは俺のトップシークレットだ」
大和くんを横目にシッと人差し指を立てた彼は、距離を詰めて「お前しか知らないんだから言うなよ」とささやく。
いつもより甘い声に聞こえるのは、きっと酔いが回り始めた私の頭がおかしいからだろう。
しかし嗅ぎつけた大和くんは「なんの話?」と追究してきた。
「なっ、内緒!」
「そう。大和には絶対教えない」
私たちが目を逸らすと、仲間はずれを嘆いて下唇を突き出す。
「なんだよ遼、俺たちの間に隠し事はなしだろ」
「うるさい。ひとりで戦場にでも行ってろ」
「寂しいなぁ。かよつん一緒にどう?」
「私、そういうゲームは苦手で」
奴の沽券を守るのは私だと、妙な使命感にシラを切る。
まぁ、本当に苦手なのだが。
ゲームセンターのスタッフだからといって、ゲーム好きとは限らない。
とくにこういったファミリー向け施設は、子供好きとかイベントスタッフになりたいとか様々。
彼は大和くんを見て、なにか思い出したようにククッと肩を揺らした。
「大和はゲームしたいがために高卒でフルタイムだもんな」
「俺にとっては天国だよ」
「そこは天職って言っとけ」
私たちは顔を見合わせて和やかに笑う。
「そういえば、かよつんも高卒で入ったんだよね。懐かしいなぁ」
「こうして店長になれたのも、大和くんがいろいろ教えてくれたおかげだよ」
「でもさ、なんでゲーセンがよかったの?」
大和くんの問いかけに私は頬を染める。
なんだか恥ずかしくて口をつぐむが、彼も聞きたそうに身を乗り出してきた。
「私、九才の頃レインボーキャッスルで迷子になったんです」
「バカヨの店舗で?」
「ハイ」
迷子になった場所で今は店長をしているなんて、おかしな話だと笑うかもしれない。
でもそれがきっかけなのだ。
「心細くて泣いていた私を、『大丈夫』って励ましてくれたお兄さんに憧れたの」
「初恋とか?」
食いつく大和くんに私は「うーん」と首を傾げて当時を思い出すが、恋心があったというよりももっと印象的なことがある。
今思えばあんまりにも泣く私に対する、苦肉の策だったのかもしれない。
『ほら、上を見て。きっと涙が止まるから』
と、そう優しく言われて一緒に見上げた先に息をのんだ。
「涙でゆがんで見えた世界がすごく綺麗で、あのときのお兄さんを含めた世界観に惚れたんだと思う」
空にかかる虹と、おとぎ話のようなお城。
そして、たくさんの家族の笑顔。
涙のプリズムを通った恐怖が、希望に輝いた瞬間だった。
「だから、それを教えてくれたお兄さんみたいになりたいなって」
静かに私の話を聞いていた彼は、まるで面接官のようにうなずき合格の微笑みをくれた。
「なれたんじゃない?」
「そう、だといいです」
それはいつもの意地悪さとは違って、花びらが舞うような笑顔。
私は肩をすくめて、はにかんだ。
「違う。俺はゲームしない」
彼が即答すると、大和くんが口を開く。
「かよつん。遼は俺に憧れて、涙ぐましい努力をして大卒で本部に入ったんだ。それを献身的に支えたのは俺! つまり俺たちは、友よりも深い絆で結ばれているんだよ」
そう言って指でハートを作り見せるので、私は悪寒を走らせる。
「まさかボーイズなラブ?」
「気持ち悪いこと言うな。大和なんかに憧れてないし、そんな努力してない。支えられてもない!」
「本当ですか?」
「なんだその目は。まぁ、大和が働いてたのがきっかけで、本部受けたんだけどね」
「へぇ?」
怪しむ私のおでこをペシッと叩き、グラスを空にした彼は私たちにオーダーを取る。
私がやるべきことなのだが、彼が隣に来てから任せっきりで申し訳ない。
と思いつつ、気づく前に先を行く彼はスマートで好きだ。
大和くんは早々に「ハイボール!」と叫び最近の悩みを語り出した。
どうも年を感じるそうで、プリン体を気にしているらしい。
「じゃ俺もハイボールにするか。バカヨは?」
「わ、私も」
うなずきながらなにかに気づいた彼は、さりげなく今朝したように指先で私の横髪を解放した。
「またついてる」
やわらかに口角を上げ、そのまま頬をなでるようにすべり彼は離れていく。
その指先はくすぐったくて甘ったるくて、ルージュののった唇からドキドキがこぼれそう。
ついつい流されるまま同じものをリクエストしてしまったが、次はなんとしてもホット烏龍茶を頼まねば。
でないと奴の髪に対する欲求からくる、不埒な仕草だけで酔いに落ちてしまえるから。
オーダーを終えたそんな彼に、ふと疑問に思い私は耳打ちをする。
「幼馴染なら、柏木さんの髪フェチも知っているんですか?」
「それは俺のトップシークレットだ」
大和くんを横目にシッと人差し指を立てた彼は、距離を詰めて「お前しか知らないんだから言うなよ」とささやく。
いつもより甘い声に聞こえるのは、きっと酔いが回り始めた私の頭がおかしいからだろう。
しかし嗅ぎつけた大和くんは「なんの話?」と追究してきた。
「なっ、内緒!」
「そう。大和には絶対教えない」
私たちが目を逸らすと、仲間はずれを嘆いて下唇を突き出す。
「なんだよ遼、俺たちの間に隠し事はなしだろ」
「うるさい。ひとりで戦場にでも行ってろ」
「寂しいなぁ。かよつん一緒にどう?」
「私、そういうゲームは苦手で」
奴の沽券を守るのは私だと、妙な使命感にシラを切る。
まぁ、本当に苦手なのだが。
ゲームセンターのスタッフだからといって、ゲーム好きとは限らない。
とくにこういったファミリー向け施設は、子供好きとかイベントスタッフになりたいとか様々。
彼は大和くんを見て、なにか思い出したようにククッと肩を揺らした。
「大和はゲームしたいがために高卒でフルタイムだもんな」
「俺にとっては天国だよ」
「そこは天職って言っとけ」
私たちは顔を見合わせて和やかに笑う。
「そういえば、かよつんも高卒で入ったんだよね。懐かしいなぁ」
「こうして店長になれたのも、大和くんがいろいろ教えてくれたおかげだよ」
「でもさ、なんでゲーセンがよかったの?」
大和くんの問いかけに私は頬を染める。
なんだか恥ずかしくて口をつぐむが、彼も聞きたそうに身を乗り出してきた。
「私、九才の頃レインボーキャッスルで迷子になったんです」
「バカヨの店舗で?」
「ハイ」
迷子になった場所で今は店長をしているなんて、おかしな話だと笑うかもしれない。
でもそれがきっかけなのだ。
「心細くて泣いていた私を、『大丈夫』って励ましてくれたお兄さんに憧れたの」
「初恋とか?」
食いつく大和くんに私は「うーん」と首を傾げて当時を思い出すが、恋心があったというよりももっと印象的なことがある。
今思えばあんまりにも泣く私に対する、苦肉の策だったのかもしれない。
『ほら、上を見て。きっと涙が止まるから』
と、そう優しく言われて一緒に見上げた先に息をのんだ。
「涙でゆがんで見えた世界がすごく綺麗で、あのときのお兄さんを含めた世界観に惚れたんだと思う」
空にかかる虹と、おとぎ話のようなお城。
そして、たくさんの家族の笑顔。
涙のプリズムを通った恐怖が、希望に輝いた瞬間だった。
「だから、それを教えてくれたお兄さんみたいになりたいなって」
静かに私の話を聞いていた彼は、まるで面接官のようにうなずき合格の微笑みをくれた。
「なれたんじゃない?」
「そう、だといいです」
それはいつもの意地悪さとは違って、花びらが舞うような笑顔。
私は肩をすくめて、はにかんだ。