意地悪な彼の溺愛パラドックス
するとひとりで指折り数えていた大和くんが、唐突にテーブルをドンッと叩く。
「俺かもしれない!」
彼と私は「は?」と声を合わせる。
「かよつんが九歳の頃って俺は二十歳だよ! よく迷子の世話してたし、もうそれ俺でしょ」
「えー? 覚えてないよ」
たしかに可能性はあるけれど、記憶にあるのは大きな手のひらとスタッフが着る空色の制服だけ。
十七年前の真相を確定するには頼りない。
「かよつんの初恋の人はきっと俺だ!」
「初恋じゃないってば」
「ごめんな、遼」
「なんで俺に謝るんだよ」
大和くんは聞く耳を持たず、私の肩に右腕を回し左手はグッと親指を立てる。
「かよつんなら余裕で愛せる。妻子ありでもオケ?」
「大和くんサイテー! 離れて!」
「本当はうれしいくせに。かよつんのつんは、ツンデレのツンだもんね」
「はぁ!?」
私をそう呼ぶのにそんな意味があったのかと衝撃を受ける。
両手で大和くんの胸を押し返し、軽蔑の眼差しを向けた。
そんなやり取りを流し目に見ていた彼が「それより」と深いため息をつく。
「お前、九才って言ったよな。その年になってあのスペースで迷うか? どんだけバカなんだ?」
「探究心と好奇心の旺盛な子供だったというか……」
「へー?」
「まぁ、ただの方向音痴です」
「生まれつきのバカなんだな」
柏木遼は心底愉快そうにケラケラと、そして意地悪そうにニヤニヤとせせら笑う。
〝バカヨ〟といい〝かよつん〟といい、まったくこのふたりは私をバカにしている。
悪心の最中、ちょうど届いたハイボールをゴクゴクと煽り私は彼を嘲笑った。
「いいんですか? トップシークレット」
「ごめん。今度また昼メシおごる」
それはマズイと急に下手に出た彼は、頬を膨らませてフンと鼻を鳴らす私のご機嫌を取るために、脳内をフル回転させているところだろう。
一方、大和くんは手近にあった唐揚げを頬張り、もごもごと言葉をこもらせながら言った。
「ねぇ。やっぱり遼とかよつん恋仲だよね?」
「こんなバカバカ言う彼氏、ありえないでしょ!」
奴を優位に攻撃し油断した私は、予定外の襲撃に取り乱す。
ズイと彼を指差して大和くんに啖呵を切るも、内心、どうしてこう私は学習できないのかという後悔の嵐。
来るべきいつの日にかは思いを告げたいと思っているのに、先が思いやられる。
指差された本人は眉を上げたまま薄目を作り、唇でわざとらしい弧を描く。
「俺としても、もう少し大人になってもらわないとなぁ」
「私は柏木さんより十年若いんです!」
「精神年齢はもっと下だろ?」
売り言葉に買い言葉が続きそうになり「むっ」と唇を噛み、こらえて席を立つ。
「怒りで酔いそうなので散歩してきます」
クスクスと笑う彼の声を背にして、頭を冷やそうとよろめく身体を引きずり私はレストルームへ旅立った。
十五分ほどプチトラベルをして、酔いを醒まし帰路につく。
そろそろ化粧崩れしてくる頃で、バッグを持って出ればよかったと後悔した。
予約した座敷の前まできて戸を開けようと手をかけると、ふたりの話す声が聞こえて思わず手を止める。
盗み聞きなんて悪趣味だとわかっているが、私の名前が出てつい息をひそめると、すぐに大和くんの朗らかな笑い声が響いた。
「かよつんと怪しいって、リオに言っちゃおうかな」
「やめろ。絶対にやめてくれ」
「幼馴染として見過ごせないし。とにかく、リオは遼のこと大好きなんだから。無駄に心配かけるなよ」
「はいはい」
「俺かもしれない!」
彼と私は「は?」と声を合わせる。
「かよつんが九歳の頃って俺は二十歳だよ! よく迷子の世話してたし、もうそれ俺でしょ」
「えー? 覚えてないよ」
たしかに可能性はあるけれど、記憶にあるのは大きな手のひらとスタッフが着る空色の制服だけ。
十七年前の真相を確定するには頼りない。
「かよつんの初恋の人はきっと俺だ!」
「初恋じゃないってば」
「ごめんな、遼」
「なんで俺に謝るんだよ」
大和くんは聞く耳を持たず、私の肩に右腕を回し左手はグッと親指を立てる。
「かよつんなら余裕で愛せる。妻子ありでもオケ?」
「大和くんサイテー! 離れて!」
「本当はうれしいくせに。かよつんのつんは、ツンデレのツンだもんね」
「はぁ!?」
私をそう呼ぶのにそんな意味があったのかと衝撃を受ける。
両手で大和くんの胸を押し返し、軽蔑の眼差しを向けた。
そんなやり取りを流し目に見ていた彼が「それより」と深いため息をつく。
「お前、九才って言ったよな。その年になってあのスペースで迷うか? どんだけバカなんだ?」
「探究心と好奇心の旺盛な子供だったというか……」
「へー?」
「まぁ、ただの方向音痴です」
「生まれつきのバカなんだな」
柏木遼は心底愉快そうにケラケラと、そして意地悪そうにニヤニヤとせせら笑う。
〝バカヨ〟といい〝かよつん〟といい、まったくこのふたりは私をバカにしている。
悪心の最中、ちょうど届いたハイボールをゴクゴクと煽り私は彼を嘲笑った。
「いいんですか? トップシークレット」
「ごめん。今度また昼メシおごる」
それはマズイと急に下手に出た彼は、頬を膨らませてフンと鼻を鳴らす私のご機嫌を取るために、脳内をフル回転させているところだろう。
一方、大和くんは手近にあった唐揚げを頬張り、もごもごと言葉をこもらせながら言った。
「ねぇ。やっぱり遼とかよつん恋仲だよね?」
「こんなバカバカ言う彼氏、ありえないでしょ!」
奴を優位に攻撃し油断した私は、予定外の襲撃に取り乱す。
ズイと彼を指差して大和くんに啖呵を切るも、内心、どうしてこう私は学習できないのかという後悔の嵐。
来るべきいつの日にかは思いを告げたいと思っているのに、先が思いやられる。
指差された本人は眉を上げたまま薄目を作り、唇でわざとらしい弧を描く。
「俺としても、もう少し大人になってもらわないとなぁ」
「私は柏木さんより十年若いんです!」
「精神年齢はもっと下だろ?」
売り言葉に買い言葉が続きそうになり「むっ」と唇を噛み、こらえて席を立つ。
「怒りで酔いそうなので散歩してきます」
クスクスと笑う彼の声を背にして、頭を冷やそうとよろめく身体を引きずり私はレストルームへ旅立った。
十五分ほどプチトラベルをして、酔いを醒まし帰路につく。
そろそろ化粧崩れしてくる頃で、バッグを持って出ればよかったと後悔した。
予約した座敷の前まできて戸を開けようと手をかけると、ふたりの話す声が聞こえて思わず手を止める。
盗み聞きなんて悪趣味だとわかっているが、私の名前が出てつい息をひそめると、すぐに大和くんの朗らかな笑い声が響いた。
「かよつんと怪しいって、リオに言っちゃおうかな」
「やめろ。絶対にやめてくれ」
「幼馴染として見過ごせないし。とにかく、リオは遼のこと大好きなんだから。無駄に心配かけるなよ」
「はいはい」