意地悪な彼の溺愛パラドックス
「まま!」
アイリちゃんにママと呼ばれた彼女は、彼と同じくらいの年齢だろうか。
ショートボブのふんわりとした髪を片耳にかけ、垂れ目がちのやわらかな目もとが上品でとても綺麗な人。
以前、彼が美食派だと言っていたのも納得の女性だった。
ニコリとしてアイリちゃんに近づくと同時に、大股で一歩離れた私を見て「あっ」と声をのむ。
「この子がかよちゃん?」
「え?」
「遼にいじめられてる子でしょ? ごめんね」
「い、いえ。お世話になっています」
「こちらこそ、いつもお世話になって……」
丁寧に頭を下げる彼女を睨みつけ彼は言う。
「リオ、俺はいじめてない」
ほら、やっぱりリオさんだ。
職場の女性の話をするなんて、よほど信頼関係がないとできない気がする。
私だったらヤキモチを妬いてしまいそう。
これが大きな違いなのだろうか。
今さら望みもなにもないけれど、子供っぽいと言われた意味を考え落ち込んだ。
美男美女でお似合いのふたりだなとため息をついていると、グイッと背中を押しのけられる。
加害者は大和くん扮する、オレンジのクマ。
ドテドテとフロアタイルを鳴らし、彼の腕の中にいるアイリちゃんを歓迎した。
激しい身振り手振りでチョッカイを出すクマに、アイリちゃんは小さな歯を見せてキャッキャと大喜び。
リオさんもそれを和やかに見ていて、素敵な家族像そのもの。
「この中身、大和?」
彼の問いかけに、居心地の悪い私は苦笑いしてうなずいた。
これは極刑か。ショック死しそうな勢いだ。
「あのっ。私、呼び出し入ったので失礼しますね」
「あぁ、お疲れ」
どうにも居たたまれなくなって、わざとらしくインカムを押さえ私はこの場から離れる。
涙ぐんだ目もとをこすり、人混みへ猛進した。
子供たちや家族の笑顔が好きでこの仕事をしている私が、壊せるわけがない、壊したくもない。
家族がいるのに思わせ振りなことをする最低な奴だけれど、一年近い片思いをそう簡単に割り切れはしないから。
もう少しの間だけ、彼の幸せを願う恋をするのはありだろうか。
そうしてまた笑えるようにと、今は少し逃げたくて小走りをする。
上がった心拍数を整えるために、呼吸を速めた喉の奥は貼りつきそう。
初めて喉が渇いていたことに気づき、潤そうと事務所へ入ると、ちょうど電話が鳴った。
時刻は十三時四十分。
嫌な予感を抱きつつ、咳払いをして受話器を取る。
「はい。レインボーキャッ……」
『あ、店長ですかぁ? ユリなんですけど、風邪っぽいんでお休みさせてくださーい』
私が店舗名を言い終える前に、陽気な声が耳を突く。
予感は的中だった。
「本当に風邪?」
『ホントーです! スッゴク頭痛が痛いんですよぉ』
「来れそうにないの?」
『はいっ!』
「……わかりました。お大事に」
私はガシャンと乱暴に受話器を置いた。
ユリちゃんだけではないのだが、ごくまれにこういうことがある。
いくら注意しても結局は個人の意識次第だし、切実な理由の場合もあるので、あとは評価に繋げるしかない。
頭痛が痛いってなんだ? というツッコミは入れずに、ドタキャンされた時間帯の調整を始める。
大和くんと私の今日の勤務は十四時までで、交代でユリちゃんが入る予定だった。
日曜日の忙しいときに休むなんてと文句はあるが、今の私は忙しく働いていた方が、気が紛れるかもしれないから。
迷うことなくサラサラとシフトを書き直す。
そしてロッカーの中のバッグに入れておいたペットボトルを取り出し、ぬるくなったお茶をガブガブと飲んだ。
店内へ戻る前に、ドアにかけられた鏡で乱れた髪を直す。
ふたつ縛りしていたヘアゴムをはずし、うしろでひとつにまとめた。
アイリちゃんにママと呼ばれた彼女は、彼と同じくらいの年齢だろうか。
ショートボブのふんわりとした髪を片耳にかけ、垂れ目がちのやわらかな目もとが上品でとても綺麗な人。
以前、彼が美食派だと言っていたのも納得の女性だった。
ニコリとしてアイリちゃんに近づくと同時に、大股で一歩離れた私を見て「あっ」と声をのむ。
「この子がかよちゃん?」
「え?」
「遼にいじめられてる子でしょ? ごめんね」
「い、いえ。お世話になっています」
「こちらこそ、いつもお世話になって……」
丁寧に頭を下げる彼女を睨みつけ彼は言う。
「リオ、俺はいじめてない」
ほら、やっぱりリオさんだ。
職場の女性の話をするなんて、よほど信頼関係がないとできない気がする。
私だったらヤキモチを妬いてしまいそう。
これが大きな違いなのだろうか。
今さら望みもなにもないけれど、子供っぽいと言われた意味を考え落ち込んだ。
美男美女でお似合いのふたりだなとため息をついていると、グイッと背中を押しのけられる。
加害者は大和くん扮する、オレンジのクマ。
ドテドテとフロアタイルを鳴らし、彼の腕の中にいるアイリちゃんを歓迎した。
激しい身振り手振りでチョッカイを出すクマに、アイリちゃんは小さな歯を見せてキャッキャと大喜び。
リオさんもそれを和やかに見ていて、素敵な家族像そのもの。
「この中身、大和?」
彼の問いかけに、居心地の悪い私は苦笑いしてうなずいた。
これは極刑か。ショック死しそうな勢いだ。
「あのっ。私、呼び出し入ったので失礼しますね」
「あぁ、お疲れ」
どうにも居たたまれなくなって、わざとらしくインカムを押さえ私はこの場から離れる。
涙ぐんだ目もとをこすり、人混みへ猛進した。
子供たちや家族の笑顔が好きでこの仕事をしている私が、壊せるわけがない、壊したくもない。
家族がいるのに思わせ振りなことをする最低な奴だけれど、一年近い片思いをそう簡単に割り切れはしないから。
もう少しの間だけ、彼の幸せを願う恋をするのはありだろうか。
そうしてまた笑えるようにと、今は少し逃げたくて小走りをする。
上がった心拍数を整えるために、呼吸を速めた喉の奥は貼りつきそう。
初めて喉が渇いていたことに気づき、潤そうと事務所へ入ると、ちょうど電話が鳴った。
時刻は十三時四十分。
嫌な予感を抱きつつ、咳払いをして受話器を取る。
「はい。レインボーキャッ……」
『あ、店長ですかぁ? ユリなんですけど、風邪っぽいんでお休みさせてくださーい』
私が店舗名を言い終える前に、陽気な声が耳を突く。
予感は的中だった。
「本当に風邪?」
『ホントーです! スッゴク頭痛が痛いんですよぉ』
「来れそうにないの?」
『はいっ!』
「……わかりました。お大事に」
私はガシャンと乱暴に受話器を置いた。
ユリちゃんだけではないのだが、ごくまれにこういうことがある。
いくら注意しても結局は個人の意識次第だし、切実な理由の場合もあるので、あとは評価に繋げるしかない。
頭痛が痛いってなんだ? というツッコミは入れずに、ドタキャンされた時間帯の調整を始める。
大和くんと私の今日の勤務は十四時までで、交代でユリちゃんが入る予定だった。
日曜日の忙しいときに休むなんてと文句はあるが、今の私は忙しく働いていた方が、気が紛れるかもしれないから。
迷うことなくサラサラとシフトを書き直す。
そしてロッカーの中のバッグに入れておいたペットボトルを取り出し、ぬるくなったお茶をガブガブと飲んだ。
店内へ戻る前に、ドアにかけられた鏡で乱れた髪を直す。
ふたつ縛りしていたヘアゴムをはずし、うしろでひとつにまとめた。