意地悪な彼の溺愛パラドックス
「もう、ダメだよね」
鏡の中の自分に言い聞かせる。
すかれるたび恋を募らせ伸ばしてきたこの髪も、これから先、私が彼に触らせることはないだろう。
もちろん、この鏡に恥じらう私を映すことも。
いつもと変わらないバカヨを演じるために、切ってしまうのも悪くない。
わだかまりを吐き出すように盛大なため息をつき、グッと口角を上げる。
奴にかわいいなんて言われてしまった笑窪を、いじめるように人差し指で押した。
――トントントン
突然、事務所のドアが叩かれ私はビクリと飛び跳ねる。
何者かと少しの隙間を開けて覗くと、今一番見たくない顔が覗いた。
「おねーさん、プライズ出してくんない?」
「事務所まで来ないでくださいよ」
「そう言うなって。バカヨちゃん」
ニヤリと微笑み構えていたのは柏木遼。
景品を取りやすい位置に置くよう、交渉に来たようだ。
呼ばれるまま案内されたクレーンゲーム機の中には、手のひらサイズのウサギのぬいぐるみが詰まっていた。
これを誰に贈るかは簡単に見当がつくのだが、不可解なことに彼はひとり。
「アイリちゃんは?」
「買い物行った」
キョロキョロと辺りを見回す私に、彼は子供服売り場の方向を指差す。
ショッピングセンター内には、老若男女のブランドショップ専門店が多数あるため、買い物に不自由はしない。
ただ気がかりなのは、妊婦の奥さんと二歳の子供だけで行かせていること。
薄情な旦那だとも思うが、それが彼らのスタイルなのだろうか。
私だったら一緒に選びたいなと、また虚しいことを考えて落ち込んだ。
「一緒に選ばないんですか?」
「そこまでは関わらないよ」
「あんなに鼻の下伸ばしてたのに」
私は嫌味を込めたのだが、彼は素直に受け取り自信満々に言う。
「アイリなら何を着てもかわいいだろ!」
なんというか、奴の親バカ度は憎めない爽やかさがある。
それにお世辞でなくとも整った顔立ちなのに違いはない。
「まぁ、たしかに。ウサギ耳もすごく似合っていましたしね」
すると彼は口もとを手で覆いながら、ククッと肩を震わせた。
「いや、お前も負けずに似合ってたぞ。ウサギ」
「すっごいバカにされている気がするんですけど!」
元気を装うのにも疲れてきた私は、フンッと拗ねたふりをして彼に背を向ける。
そしてスカートのループにつけた、コイルストラップの先についているゲーム機のカギを、ポケットから取り出しケースを開けた。
「何色ですか?」
「ピンク」
「ついでにサービスボタン押しといてよ」
「バカ」
サービスボタンというのは、その名の通り一回押せば一回、プレイすることが可能で、テストやトラブルやイベント時などに活躍するボタン。
売り上げに留意すべきエリアマネージャーが、無料でプレイしようとはふとどき者め。
奴の希望したぬいぐるみを、めちゃくちゃ取りづらい位置に埋めてやろうと穴を掘っていたら「意地悪すんなよ」と、後頭部に手刀打ちが振ってきた。
地味に痛いのは頭か心かといえば確実に後者なのだが、私は叩かれたところをなでながら、優しい位置にぬいぐるみをセットし一歩下がる。
「どうぞ」
「サンキュ」
多分一回、どんなに下手でも二回でゲットできるはず。
そうしたらさっさと帰ってほしい。
じんじんと痛む胸の奥の代わりに頭をなで続けていると、不意にその手の上に温かな体温を感じる。
ゲームに夢中で両手の塞がっている彼ではないことはたしかだが、彼以外にこんなことをする人間など想像もつかないので、驚きと恐怖で全身に緊張が走った。
鏡の中の自分に言い聞かせる。
すかれるたび恋を募らせ伸ばしてきたこの髪も、これから先、私が彼に触らせることはないだろう。
もちろん、この鏡に恥じらう私を映すことも。
いつもと変わらないバカヨを演じるために、切ってしまうのも悪くない。
わだかまりを吐き出すように盛大なため息をつき、グッと口角を上げる。
奴にかわいいなんて言われてしまった笑窪を、いじめるように人差し指で押した。
――トントントン
突然、事務所のドアが叩かれ私はビクリと飛び跳ねる。
何者かと少しの隙間を開けて覗くと、今一番見たくない顔が覗いた。
「おねーさん、プライズ出してくんない?」
「事務所まで来ないでくださいよ」
「そう言うなって。バカヨちゃん」
ニヤリと微笑み構えていたのは柏木遼。
景品を取りやすい位置に置くよう、交渉に来たようだ。
呼ばれるまま案内されたクレーンゲーム機の中には、手のひらサイズのウサギのぬいぐるみが詰まっていた。
これを誰に贈るかは簡単に見当がつくのだが、不可解なことに彼はひとり。
「アイリちゃんは?」
「買い物行った」
キョロキョロと辺りを見回す私に、彼は子供服売り場の方向を指差す。
ショッピングセンター内には、老若男女のブランドショップ専門店が多数あるため、買い物に不自由はしない。
ただ気がかりなのは、妊婦の奥さんと二歳の子供だけで行かせていること。
薄情な旦那だとも思うが、それが彼らのスタイルなのだろうか。
私だったら一緒に選びたいなと、また虚しいことを考えて落ち込んだ。
「一緒に選ばないんですか?」
「そこまでは関わらないよ」
「あんなに鼻の下伸ばしてたのに」
私は嫌味を込めたのだが、彼は素直に受け取り自信満々に言う。
「アイリなら何を着てもかわいいだろ!」
なんというか、奴の親バカ度は憎めない爽やかさがある。
それにお世辞でなくとも整った顔立ちなのに違いはない。
「まぁ、たしかに。ウサギ耳もすごく似合っていましたしね」
すると彼は口もとを手で覆いながら、ククッと肩を震わせた。
「いや、お前も負けずに似合ってたぞ。ウサギ」
「すっごいバカにされている気がするんですけど!」
元気を装うのにも疲れてきた私は、フンッと拗ねたふりをして彼に背を向ける。
そしてスカートのループにつけた、コイルストラップの先についているゲーム機のカギを、ポケットから取り出しケースを開けた。
「何色ですか?」
「ピンク」
「ついでにサービスボタン押しといてよ」
「バカ」
サービスボタンというのは、その名の通り一回押せば一回、プレイすることが可能で、テストやトラブルやイベント時などに活躍するボタン。
売り上げに留意すべきエリアマネージャーが、無料でプレイしようとはふとどき者め。
奴の希望したぬいぐるみを、めちゃくちゃ取りづらい位置に埋めてやろうと穴を掘っていたら「意地悪すんなよ」と、後頭部に手刀打ちが振ってきた。
地味に痛いのは頭か心かといえば確実に後者なのだが、私は叩かれたところをなでながら、優しい位置にぬいぐるみをセットし一歩下がる。
「どうぞ」
「サンキュ」
多分一回、どんなに下手でも二回でゲットできるはず。
そうしたらさっさと帰ってほしい。
じんじんと痛む胸の奥の代わりに頭をなで続けていると、不意にその手の上に温かな体温を感じる。
ゲームに夢中で両手の塞がっている彼ではないことはたしかだが、彼以外にこんなことをする人間など想像もつかないので、驚きと恐怖で全身に緊張が走った。