意地悪な彼の溺愛パラドックス
心外だ。
あなたはよく私のことを知っている。
「とりあえず食って元気出せよ」
下を向いてメニュー表の上でうなずく。
髪をすかなくても私のことを透いて見られるのなら、この気持ちを察して知らないふりをしてほしい。
立ち直るまで惑わさないでほしい。
それなのに、どうして今日は露骨に優しい。
叶わないのなら、こんな夢みたくなかったのに。
喉に詰まったジレンマをゴクッとのんで、彼の言う負け嫌いの意地を見せた。
「一番高いのにします」
「えっ。うん、まぁ。うん」
「あっ、あとデザートもいいですか?」
「うん? ……いいよ」
「やった! ごちそうさまです」
頬にできた笑窪は笑顔のしるし。
笑顔は努力で作れるから。
「では一括で承ります。ありがとうございました」
彼が店員からクレジットカードを受け取ったのを見て、私は先に店を出る。
お腹いっぱいのときのレストラン街の匂いは苦しさを倍増させた。
後を追い出てきた彼に、パンッと両手のひらを合わせて感謝する。
「ごちそうさまでした!」
「うむ。案ずるな」
彼は腕を組み、武士のような風情で遠い目をしていた。
私はその隙に乗じて「では、さようなら」とこのまま食い逃げようとしたのだが、彼はそれを許さない。
また手首を取られそうになったので、慌ててパッと手を引きそれをかわすが、とても見過ごしてはくれないオーラでガンを飛ばす彼に観念して、私のお気に入りの場所へと誘った。
といってもショッピングセンター中央の、吹き抜けになっているエリアを使った各階の休憩スペースで、大層なところではない。
並んだ長椅子の三列目に座り、拍子抜けした様子で突っ立っている彼に隣を勧めた。
吹き抜けを前にして、チカチカと反射する照明やエスカレーターで行き来する人を眺める。
周りに置かれた観葉植物のおかげで、閉鎖的でもなく開放的すぎないここは、私の精神を保つのにナイスなロケーション。
彼は隣に腰を下ろすと、有無なく本題に入った。
「それでなにを悩んでいたの?」
「柏木さんには言えません」
「え。俺この間からバカヨのこと心配しすぎて食欲なかったんだぞ?」
「さっき大盛定食をペロリと完食しましたよね?」
「気のせいだ」
私の疑いの眼を、すました顔で受け流し所在なげに足を組む。
まったく、惚れるなと言っても難しい。
うしろを向いていても実は見ていてくれる、彼のそんなところが好きなのだ。
「心配してくれてありがとうございます。でも仕事のことじゃないので、大丈……」
「それは俺じゃダメなこと?」
「……え?」
大丈夫と言い終える前に割って入る彼の視線は、私を吸い込むような力強さを持っていて、冗談を言ういつもの彼の表情とは違う。
だから視線から逃げようとしたのだが、そんな私の両頬を大きな手のひらが包み込む。
彼の熱をおびた眼差しに、ドクドクとあふれ出す血流が身体の中を焦がした。
「すごくつらそうで放っておけない。頼ればいいじゃん」
「で、でも、個人的な悩みなので。上司にそこまで迷惑をかけるなんて……」
「俺、上司のつもりで言っているわけじゃないよ」
じゃあ、なんのつもり? とは聞けなかった。
彼の真意はわからないけれど、聞けば一線を越えてしまうときの雰囲気くらいはわかる。
お互いの熱い呼吸にのみ込まれそうになり、私は彼の手の中で小さく首を振った。
「大切なものを守りたいんです」
見つめ合う彼の瞳が不思議そうに揺れる。
「柏木さんだって、守りたいものがあるでしょ? そのためなら我慢したりすることもあるでしょ?」
「……まぁ、そうだね」
「本当に、大丈夫ですから!」
精いっぱいの笑顔に別れをのせて、私の心は遠ざかる。
解放された頬が冷えると同時に、問うことをあきらめたように寂しそうに切なさを噛んだ彼の笑顔が痛かった。
「バカヨはどうすれば素直に折れるんだろうな」
長いため息をつきながら、彼は前髪をかき上げ立ち上がると、休憩スペース内にある自販機へ歩いていく。
私よりも、もっと気にかけるべき人がいるだろうと、その背中を少し呪った。
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