意地悪な彼の溺愛パラドックス
気が重いまま過ごした数日は長いようで短くて、いよいよ顔を合わさなくてはならない日はすぐにきた。
十三時に行くという内容のメールが届いたのは昨日の夕方。
業務連絡のみの顔文字も絵文字もないメールは、彼は普段からでなにも変わらないのだが、今日はよそよそしく感じる。
私は五十分を表示した腕時計を見て、深呼吸をしては多めにため息をつきながら待った。
なにかしていないと耐えられない心境に、うろうろと店内を徘徊していたが、ふと思い出しクレーンゲーム機の鍵を開け、頭を突っ込む。
午前中に、アームの可動域の調子が悪いという報告を受け、故障中のカードを貼り対応していた。
大和くんが出勤したら見てもらおうと思っていたのだが、空き時間のうちに直せれば、チャンスロスを減らせるし、わざわざメンテナンスの手を煩わせることもない。
腰のポシェットからプラスドライバーを出しネジを回していると、ちょうど反対側のウィンドウに奴がひょっこり顔を出した。
驚いて手を離してしまったプラスドライバーは、ガンッと大きな音を立てて景品取り出し口へ落ちていく。
追いかけて「あっ」と下を見たときには、彼がこちらへ回り拾い上げてくれた。
「破壊すんなよ」
そう言いグリップを差し出す彼の、普段通りの声色にも私は気まずくて、視線を合わせられないまま「すみません」と小声で受け取り、緩めたネジを絞め直す。
それを横に立ってウィンドウ越しに見ていた彼が、クスリと笑った。
「バカヨプライズ?」
「そんなわけないでしょ!」
「なるほど、凶暴すぎて人気ないのか。かわいそうに」
「同情しながら100円出さないでくださいよ」
口角を上げた彼の意地悪なからかいに、ついいつもの調子で言い返してハッとする。
フレッシュすぎやしないか、柏木遼。
あのキスも告白も嘘みたいだ。
もしかすると私はゲームの景品程度の女で、奴はもとからフラフラした最低男で、気まぐれに引っかけようとしただけなのか。
だとしたら、思い悩んで寝不足な私はただのバカだ。
「おい。ボケッとしてるとボケヨって呼ぶぞ? さっさと開けてくれ」
涼しい顔で事務所を指差す彼に、私は右頬を引きつらせる。
中へ通しフンッと苛立ちをあらわにしたのは、ふたりきりの空間にドキドキする自分が許せなかったから。
もう触らせるつもりはないが、まず触るのが彼のルーティン。
だから、身構えて期待してしまうのは私のルーティン。
しかし重そうなビジネスバッグを定位置に置き、上着を脱いだ彼はルーティンを無視し、打ち合わせで使うファイルを取り出して言った。
「今日はウサミミ大作戦のプランを詰めるので、心してかかれ」
「は?」
冷めた私の白い目にゴホンと咳払いした彼は、めげずにバッグから例のカチューシャを取り出す。
「来月からの、といってもあと三日だが。新グッズ販売における綿密な戦略的展開を立てようじゃないか」
「だいぶ力が入っていますね」
「本部推しなの」
「……あの気難しい顔の人たちが推していると思うと、気持ち悪いですね」
「それは言うな」
だいたい真面目にふざけている彼は、クッと苦虫を噛む。
私にとってそれが普段通りなのだけれど、不器用な私はやはり意識してしまって、打ち合わせになかなか身が入らなかった。
関係が崩れても、ぎこちなさを感じさせない彼はうまいなと思う。
その程度の気持ちだったのか、精神的に大人なのか。
あの傷ついた表情が気がかりになっている私にとっては、どちらもであってほしかった。