意地悪な彼の溺愛パラドックス
「バカヨって呼んだのも、もとは私を元気づけるためだと思うんです。厳しいけど、いつもスタッフのことを気にかけてくれている柏木さんを、私は尊敬しています」
尊敬しているのは事実。
そこに恋が焦がれてしまったのも事実。
ただそれだけ。そこから先は、もう望まない。
しかしリオさんは、肩をすくめてうつむいた。
「遼が好きになるのもわかるわ」
「だ、だからそれが誤解で……」
「あれでもたったひとりの弟だからね、お節介だろうけど心配なのよ」
「そうなん、……ん?」
弟だと、彼女は今たしかにそう言った。
「あの、名前。リオさんでいいんですよね? えっ、柏木さんのお姉さん?」
脳内パニックの最中、ハッとしたリオさんは「まだきちんと自己紹介していなかったわね」と、姿勢を正し私に身体を向ける。垂れ目がちのやわらかな目もとが、彼を思わせた。
「神崎里央です。遼のひとつ上で、大和とは同い年」
あぁ神崎、それは言わずもがな大和くんと同姓である。
「バ、バカヨです」
なんだこれ。
今世紀最大の誤解は天変地異を引き起こす。
私は自らをバカヨと呼ばざるをえない。
幸い里央さんは私の恥ずかしい誤解に気づかず、和やかに口もとに手をあててクスクスと笑い目を細めた。
「仲良しだって大和が言ってたよ。俺がふたりをくっつけてやるーって」
「そんな雰囲気あった気がします」
「頼まれてもいないのに、夫婦揃って余計なお世話よね。でも、遼が私たち以外の人と自然体でいることって珍しいから……」
そういえば、大和くんも似たようなことを言っていた。
最初の頃はビジネスライクな人かと思ったが中身はそうでもなく、それは格好つけというよりもガードが固いに近い気がする。
「柏木さん、人見知りなんですかね? 本当はすごく優しいしおもしろいのに、見せたくなくて強がっているみたい」
「そうね、そんな感じかも。だから遼を理解してあげられる子が、そばにいてくれればなって。大和も私も気が気じゃないのよ」
「そっか……」
里央さんと会話をしながら、私の頭の中は取り返しのつかない失態をしてしまったときのような、どうしようという焦りで切迫していた。
なぜなら、彼がここで言ったあの好きも言葉も行動も、本物だったのだから。
思いを圧し殺してまで拒絶する必要なんてなかったのだ。
そしてなによりも、彼に謝らせることも傷ついた表情をさせることもなかった。
私は最低だ。
「かよちゃん、なんだか顔色悪くない? 大丈夫?」
「あの、急用を思い出したので失礼します」
「えっ!?」
「お話できてよかったです。ありがとうございました!」
私は震える指先を隠して、私を気遣う里央さんに頭を下げ慌ただしく立ち上がった。
そしてバッグと缶コーヒーをつかみ、外へと小走りする。
去り際に見上げた虹の輝きはまるで私を嘲笑っているようで、こんな光景を見たのは初めてだった。
一番近くの出入口を出ると、耳のそばで風が唸り牽制する。
私はかまわずコーヒーを一気飲み、ダストボックスへ缶を放り込んだ。
勝手な思い込みで守るどころか傷つけてしまった彼に、乞うことは許されるだろうか。
虫のいい話かもしれないが、もしもまだ間に合うのなら、この恋を思い出にしなくてもいいのなら。
私はあなたのかけた虹に応えたい。
この追い風は私の背中を押して春へと導いているのかもしれないなんて、あさはかな妄想の中、知ったばかりの彼の住まいへと息を切らす。
運よくコーディネートしたチャンキーヒールは、舗装された地面も凸凹の道端も、しっかり捉えてくれて走るのに申し分ない。
途中、喉が枯れ咳き込んでも、不思議なことに苦しいとは思わなかった。
尊敬しているのは事実。
そこに恋が焦がれてしまったのも事実。
ただそれだけ。そこから先は、もう望まない。
しかしリオさんは、肩をすくめてうつむいた。
「遼が好きになるのもわかるわ」
「だ、だからそれが誤解で……」
「あれでもたったひとりの弟だからね、お節介だろうけど心配なのよ」
「そうなん、……ん?」
弟だと、彼女は今たしかにそう言った。
「あの、名前。リオさんでいいんですよね? えっ、柏木さんのお姉さん?」
脳内パニックの最中、ハッとしたリオさんは「まだきちんと自己紹介していなかったわね」と、姿勢を正し私に身体を向ける。垂れ目がちのやわらかな目もとが、彼を思わせた。
「神崎里央です。遼のひとつ上で、大和とは同い年」
あぁ神崎、それは言わずもがな大和くんと同姓である。
「バ、バカヨです」
なんだこれ。
今世紀最大の誤解は天変地異を引き起こす。
私は自らをバカヨと呼ばざるをえない。
幸い里央さんは私の恥ずかしい誤解に気づかず、和やかに口もとに手をあててクスクスと笑い目を細めた。
「仲良しだって大和が言ってたよ。俺がふたりをくっつけてやるーって」
「そんな雰囲気あった気がします」
「頼まれてもいないのに、夫婦揃って余計なお世話よね。でも、遼が私たち以外の人と自然体でいることって珍しいから……」
そういえば、大和くんも似たようなことを言っていた。
最初の頃はビジネスライクな人かと思ったが中身はそうでもなく、それは格好つけというよりもガードが固いに近い気がする。
「柏木さん、人見知りなんですかね? 本当はすごく優しいしおもしろいのに、見せたくなくて強がっているみたい」
「そうね、そんな感じかも。だから遼を理解してあげられる子が、そばにいてくれればなって。大和も私も気が気じゃないのよ」
「そっか……」
里央さんと会話をしながら、私の頭の中は取り返しのつかない失態をしてしまったときのような、どうしようという焦りで切迫していた。
なぜなら、彼がここで言ったあの好きも言葉も行動も、本物だったのだから。
思いを圧し殺してまで拒絶する必要なんてなかったのだ。
そしてなによりも、彼に謝らせることも傷ついた表情をさせることもなかった。
私は最低だ。
「かよちゃん、なんだか顔色悪くない? 大丈夫?」
「あの、急用を思い出したので失礼します」
「えっ!?」
「お話できてよかったです。ありがとうございました!」
私は震える指先を隠して、私を気遣う里央さんに頭を下げ慌ただしく立ち上がった。
そしてバッグと缶コーヒーをつかみ、外へと小走りする。
去り際に見上げた虹の輝きはまるで私を嘲笑っているようで、こんな光景を見たのは初めてだった。
一番近くの出入口を出ると、耳のそばで風が唸り牽制する。
私はかまわずコーヒーを一気飲み、ダストボックスへ缶を放り込んだ。
勝手な思い込みで守るどころか傷つけてしまった彼に、乞うことは許されるだろうか。
虫のいい話かもしれないが、もしもまだ間に合うのなら、この恋を思い出にしなくてもいいのなら。
私はあなたのかけた虹に応えたい。
この追い風は私の背中を押して春へと導いているのかもしれないなんて、あさはかな妄想の中、知ったばかりの彼の住まいへと息を切らす。
運よくコーディネートしたチャンキーヒールは、舗装された地面も凸凹の道端も、しっかり捉えてくれて走るのに申し分ない。
途中、喉が枯れ咳き込んでも、不思議なことに苦しいとは思わなかった。