意地悪な彼の溺愛パラドックス
まだ電気のつかない彼の部屋は、ドアホンの呼び出しにも無反応。
すっかり落ちた陽の代わりのポーチライトは心細くてなんだか怖くて、迷惑は承知でドアの前で膝を抱えしゃがみ込む。
外観の綺麗なアパートだけれど、コンクリートの湿気が少しカビ臭くてどこか不気味。
たまに住人が私を気味悪そうにして通り過ぎ、その都度モゾモゾと身を縮めた。
さらに冷えた夜風が汗ばんだ身体を冷やすと、私の心臓まで縮んでいくよう。
より強まる寒さと静けさは鳥肌を立たせる。
いつ帰ってくるのかもわからない彼を、待ち続ける時間が経つとともに、私の心は憂いを抱き渦巻いた。
会えないのは、彼が私に会いたくないからだとか。
私から離れておいて求めるのは、ワガママだとか。
冷たいドアに背をつけて、痺れ始めた足にいつまでも耐えた。
たとえもう嫌われてしまったとしても、こんな終わり方は嫌だと。
それだけを思って。
「え。地縛霊?」
しばらくして間の抜けた声が振ってきたのは、二十時を過ぎた頃。
寝不足がたたり、つい膝の上に突っ伏して夢と現実を行ったり来たりしていたので、近づく足音に気づかずビクリと飛び起きる。
一番驚いた顔をしているのはもちろん彼で、急に立ち上がり目眩と痺れにフラフラとよろけた私を、困惑した様子で眺めていた。
「お、お疲れ様です」
「うん。どうしたの?」
「言いたいことがあって」
「なに?」
昼間から一転して冷たい眼差しの彼は、迷惑そうに視線を逸らした。
それだけで灰色に染まった私の視界は、好きな人からの拒絶がこんなにも切ないことだと物語る。
もうこんな私を透いてはくれないかもしれないと思うと、喉の奥が痛くて声が出ない。
答えが望むものではなくても、謝って、私は好きだと伝えたるためにここへ来たのに。
いざとなると、なにからどう話していけばいいのか、頭の中が真っ白になってしまった。
口ごもり詰まらせるだけの私に、彼は早く言えと言わんばかりにため息をつく。
自分で招いたことに涙を流すのは卑怯だと歯を食いしばり、私を見てはくれない彼を強く見つめた。
「いろいろ、ひどいこと言ってごめんなさい!」
「いいよ。もとは俺が悪かったんだし」
「違うんです。あれは、そうじゃなくて……」
やっぱり言いにくくてうつむきがちになると、彼は少し乱暴に私の顎をつかみ視線を合わせて言い放った。
「頼むから、そんな顔しに来ないでよ」
多分、怒っている。
無表情で私を見る瞳に、私が映っていない気がした。
言葉を失っているうちに、手を離して横を通り過ぎた彼は、鍵を開けドアノブを握る。
それを動かす前に、私に振り向き「気をつけて帰れよ」と口角を上げた。
その表情は終焉を意味すると直感して、私は彼のコートの裾をガバッとわしづかむ。
「待って!」
「ちょっと!? どうしたんだよ?」
今を逃したら次はないと、逃げ腰の彼に食いかかる勢いで身を乗り出す。
「私、本当はずっと、ずっと好きだったんです」
グッと息をのんだ彼の瞳が揺らぐと同時に、蔑むような目つきに変わる。
正直、彼のことが怖くて怯みそうだった。
「……その気もないのに、大人をからかうのはやめろよな」
「その気です! 真面目です! 壮絶な勘違いだったんです!」
「どういう意味?」
私は必死に、柏木遼と里央さんが夫婦だと思い込んでいたこと、ここに来る前に里央さんに会ったこと、実は大和くんの奥さんで彼とは姉弟だと知ったことを説明した。