意地悪な彼の溺愛パラドックス
秘密な彼に抱くセンチメンタル
「もう、いいですか?」
「あと五分」
「残念。タイムオーバーです」
「じゃ色気も追加」
「ぎゃっ!?」
「なんて声出すんだ。失礼だな」
「いい加減にしてください! 私まだ着替えもしてないんですよ!」
握りしめたスナック菓子を振りかざすと「キャー」と、ふざけた悲鳴をあげた彼。
お菓子でつるなんて子供扱いも大概にしろと怒鳴りたかったが、新発売のイカスミパスタ味に負けて、差し出してしまったのは私だ。
差し出したのはもちろん、彼がこよなく愛する私の。
そうしたら、いつまでも離さないしお菓子で足りないのなら色もつけてくれるということで、突然彼の唇が耳もとを襲うから、色気のない悲鳴をあげるハメになってしまったのだ。
コンテニューした夜から、早一週間。
十三時からの勤務に出勤した私は、ちょうど打ち合わせに来た彼と遭遇し日常を取り戻すに至る。
あのときは初めて見る彼が、私のキャパシティーを遥かに越えてきたことに恐ろしくも感じたし、それからというもの愛情表現の増した彼に寿命を縮めるばかりだけれど、こんな日々を幸せという以外に私は言葉を知らない。
「もうっ、あっち行って!」
しかしまず一番に髪を触りたがる彼に、うれしい反面あきれて「私と髪、どっちが好きなんですか!?」と叫んでしまいそうな現状。
怒る私に懲りもせずまた髪へと手を伸ばしてくるので、ゆゆしき事態を引き起こす前に、更衣室へ逃げ込みカーテンをシャッと閉める。
こんなふうだから、私は沸々と恋煩いする気持ちが止められない。
まったく、あいかわらずな奴。
ため息をつきながらロッカーから制服を取り出して、着ていたニットトップスを脱ぐ。
パチパチと走る静電気に「うっ」と顔をゆがめた。
乱雑にまとわりつく、いまいましいライバルを夢中で払いどけていると、カーテン越しに「バカヨ」という声が聞こえてくる。
返事をする前に、あろうことか彼は私がいる中に身体をすべらせてきた。
「ちょっと!? どこだと思ってるんですか!」
「ねぇ。なに妬いてんの?」
「別に妬いてなんか……」
楽しそうにククッと笑う彼が前髪をかき上げ、本来はやわらかなはずの目もとをあらわにすると、私の本能が危険を察知する。
頬を染めてうつむいて、彼を押し出そうと片手で攻撃。
もう片方の手では、ニットトップスで胸もとを隠し防御した。
ところが、ひとり着替えるのがやっとのこのスペースに無理やり侵入してきた彼は、行き場のない私をさらに追いつめる。
「こっち向いてよ」
「や、やだ。出てってください」
「あぁ、かよつんはツンツンしてるのか」
「違います! ツンデレじゃないですからね!」
「そうかぁ? かまってほしいなら素直に言えよ。かよつん」
「もうっ! かよつんって呼ばないでください」
「なんで。うってつけだろ」
迫る身体をグイグイ押し返すも、それは彼の手により簡単に無効化されて、そんなことよりも彼が呼ぶだけの私に恋焦がれてしまう。
「バカヨの方がいいです」
「え、バカがいいの?」
「柏木さんが、つけたから。バカヨがいい」
「……マジか」
驚異的な顔をされてしまった。
私は瞳だけを彼に向けて、熱の上昇したため息をつく。
「私、素直に言っただけなのに」
「お前ってホント、癖になるね」
そう言うと大きな両手のひらがうつむく私を掬い上げ、ニヤリと口角を上げた唇に、否応なしに唇を塞がれる。
その素早さになにもできず、驚いて呼吸をのんだ。
クールで髪フェチでお調子者の上司はいずこ、目の前にいるのはストレートに愛を紡ぐ意地悪な彼。
心なしか彼の頬が染まっているようにも見えたのだけれど、抵抗するたび漏れる戸惑いが頭をおかしくして、紅潮する自分の頬に拍車がかかる。
くらりとして身体が支えを求めても、彼はそれさえ楽しんでいるようで、すがる私の腰に腕を回し抱き寄せてフッと笑みをつく。
この余裕が悔しいったらない。
フィーバーするのはいいが、臨界点突破は心身崩壊の危機。
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