意地悪な彼の溺愛パラドックス
待ち合わせは二十時にコンビニで。
そんな内容のメッセージが届いていた先は、私のスマートフォン。
この宛先へは、シンプルな文章に間抜けな顔文字がつく。
アパート近くのコンビニエンスストアで雑誌をパラパラとめくりながら、外を見ては彼が来ないか確認し、ついでにガラスに映る自分のヘアスタイルを整えた。
まだ少し湿る髪が放つのは、彼のための香り。
軽くシャワーを浴びてきたのは別に、別に期待感からではない。
リボンでナチュラルに結んだポニーテールの毛先が、首筋をくすぐりむず痒くしていると、突然グイッと毛束を引っ張られた。
「ひぇ!?」
「どうすればそういう変な声が出せるの?」
「柏木さん! いつの間にっ」
「バカヨが自分に見とれている間に」
「違っ、お、お腹すいたなぁって待ってたんです!」
やましいことを考えながら待ちわびていたわけではないし、かわいく決まったかななんて思っていないし。
下心の塊をグシャグシャと丸め捨てて、冷えた彼を催促するように肘でつついた。
「たしかに腹減った」
「ホント、遅いじゃないですか!」
「これでも早い方なんだぞ。『お疲れ様、私も今来たばっかりよん』とか、かわいく言えないのか?」
「柏木さんキモイ」
「うるせ。牛丼食ってこーぜ」
向かいのチェーン店を指差す彼に微笑み、ふたりで店を出る。
夜の風が髪を冷やして、少し重くなった気がした。
「私は豚丼派なんですよ」
「安い女」
「大して値段変わらないじゃないですか。どっちも庶民的」
少しばかり言い合いながら自動ドアをくぐり店内に入ると、彼が急に立ち止まり、うしろにいた私は背中に衝突する。
何事かと口を開いた瞬間に、叫び声が響いた。
「あーっ!」
聞き慣れた声に「ん?」と彼の背中から顔を覗かせると、そこには。
「かよつーん!」
「大和くん!」
オーダーをとる声が飛び交う殺伐とした店内の奥で、テーブル席から手を振る大和くんと里央さん。
やがてその手は「おいでおいで」に変わり、盛大なため息をつく彼とお邪魔することに。
ふたりの座る前に彼と並んで座り、他愛ない会話をしながらそれぞれ注文したものを食べ始める。
そうしながらも、私はキョロキョロして首を傾げ、大和くんに尋ねた。
「アイリちゃん、いないの?」
「実家に預けて牛丼デートだよ」
ニコニコと笑う大和くんに「そんなダサいデート嫌よ」と、里央さんは顔をしかめる。
「寝かせてから大和がお腹すいたって騒ぐから、コッソリね」
仕方なさそうに大和くんを見つめる表情は、弟である彼のことを話したときのあたたかな眼差しとは少し違い、包み込むようなぬくもりがある。
これが愛とか夫婦なのかとかは私にはまだわからないけれど、あたらずといえども遠からずではないだろうか。
なんだかいいなという思いは、自然に生まれた。
「ほら、大和って遅い時間の勤務が多いじゃない? 私もこんなお腹だから、今は大和の実家に泊まっているの」
「そっか、夜にひとりは不安ですよね」
メンテナンス担当は夜の方が落ち着いて作業できるということで、午後からのシフトが多いのだけれど、こういうことなら配慮したい。
「大和くん、シフトの時間帯変えようか?」
「大丈夫! 夜の方が集中できるんだよね」
そこまで仕事に入れ込んでくれるのはありがたいが、ブンブンと首を振って拒否する大和くんを、ギロリと睨んだ里央さんの視線が怖い。
姉弟と言われてからよくよく見ると、彼と目もとがそっくりで驚いた。
「そっ、そんなことより、やっぱり付き合ってたんじゃんか!」
視線から逃げるように話題を変えた大和くんに、ドキリとして言葉を詰まらせる。
「いつから? きっかけは?」
食いつく大和くんを横目に、ニヤリと口角を上げて私を見る彼。
まさかあれを言う気なのかと、私の頬はじわじわと染まった。
恥ずかしいからやめてくれと目で訴えてみるが、彼は察してくれるだろうか。
はたして伝わったとしても、意地悪なこの人が黙っていてくれるかどうか怪しい。
ハラハラして肩身をすぼめる私に、里央さんがパンッと手のひらを打つ。
「もしかして私の説得のおかげかしら?」
「いいとこついてる」
ククッと笑いを噛む隣の彼が食べていた器の中身はもう空っぽで、割り箸からポロポロとごはん粒をこぼす私を、頬杖をついて眺めている。